罵声も怒声もない。保護者のお茶当番や車出しも必要なし。そして社会人野球出身者が指導する。どれも事実であり、入部を促すのに有効な触れ込みでもあるが、チームの本質はその次元にない。結成から2年と経たずに部員はリミットに達し、地域の強豪と伍して戦うところまで成長。ところが、指導陣は満足するどころか、苦悩が尽きない。活発に議論しつつの、試行錯誤が続いているという。
(写真&文&動画=大久保克哉)
アンチテーゼのリアル。指導陣は悩み、模索する“日進月歩”
【参考ポイント】
▶元社会人選手の学びと悟り
▶ゴールデンエイジの重要性
▶健全な暮らしの中の野球
▶都心部ならではの移動
▶大会絞り込みと費用の使途
▶段階的な練習プログラム
▶効率的な練習への工夫
▶指導者の永遠の課題
プロローグ1min
活動は土日の半日だけ。水曜夕方も場所と道具はあるが、名目はあくまでも自主練習だ。公式戦や対外試合でも移動は自転車か、電車やバスの利用が原則。送迎や道具運びの義務が保護者について回ることはない。
地域の少年軟式野球連盟に加盟しているが、年度計画でエントリーする大会を絞っている。夏の全国大会や、近隣1都4県の選手権大会につながる予選には出場実績がまだない。
「そもそも、そこまで勝てる戦力ではないですからね。1試合で終わるような大会に、年間で数万円以上になる参加費を払うより、練習で使うボールとか用具類を買いそろえたほうがよほど有効ですよね」(片山純一コーチ)
たとえ公式戦でも、「全員参加」の厳命などもない
一方で、全日本軟式野球連盟(JSBB)や傘下とは無縁の、先進的な枠組みに賛同。勝敗だけではないポイント制や全員出場などをルールとする、リーグ戦も体験している。
個々の安全とプレーの機会を保つために、定員は1学年10人。発足2年目にして、どの学年も募集ストップという人気ぶりだ。野球の腕前のほうも、地域の上位チームと互角に渡り合うまでになってきている。
理想を次々と具現
今の時代にあって、野球界の悪しき慣習や旧態依然を批判するのは難しいことではない。個人でもSNSなどから、世に発信することもできる。
けれども、即効性には乏しく、1年で学年が上がる子どもの成長に待ったはない。何ら変わらない現実に業を煮やし、失望や嫌悪をもってチームや球界を去る。そういう親子も少なくないのが昨今だろう。
試合も練習も、移動は自転車か公共交通機関を利用。したがって保護者の送迎も車出しもない
BLOSSOM BASEBALL CLUB(以下、ブロッサム)が尊いのは、口先の否定に終始していないところ。時代と地域性も加味しつつ、小学生の健全な成育過程と一般的な家庭生活にフィットした組織を具現化し、結果として旧態依然と対極にあるスタイルを確立している。
「学童野球の現場というのは、机上だけでは解決できない問題が山ほどあるんですよね。だから新たな提言があっても、現場に降りてやらないことには絶対に何も変わらない」
実感を込めて語る片山コーチは、ブロッサムを発足前から先導する一人。それ以前は、学童野球の指導者に対して、上から目線できれいごとを吐いているクチだったという。
「今となってはボク自身、そこがすごく反省点です」
片山純一と聞いて、ピンとくる人が野球界には相当数いるはず。瀬戸内高(広島)の四番・投手で、夏の甲子園に出場。東都大学リーグの強豪・亜大を経て、JR東日本や社会人の日本代表でもプレーした左腕投手だ。
亜大の野球部は、侍ジャパンの新監督に就任した井端弘和氏をはじめ、幾多の名選手を輩出し続けている。一方、「日本一厳しい」との通説もある古巣での大学4年間を、同コーチはこう振り返る。
「すべてを否定するわけではないですけど、言葉を選ばずに言うと、野球に必要ないことも多々…」
瀬戸内高、亜大、JR東日本で活躍した片山純一コーチ。キッズコーディネーショントレーナーとリズムステップディフューザーの資格も取得して学童指導者に
所属してきたチームの知名度や現役中の実績で、自ずとマウントが決まるのは“野球人あるある”だろう。それがまた経験則に固執する指導者を助長し、不勉強のまま時代や人々に取り残される“裸の王様”や事故の温床となっている。
そういう面でも、片山コーチは一線を画している。学童野球の指導者になると同時に、自らの時間と費用を投じてコーディネーションやリズム体操の資格を取得。それがブロッサムの育成指導に、存分に生かされている。
「練習の半分を、コーディネーショントレーニングに使うときもあります。成果が表れるのは10年後かもしれないですけど、小学生のうちに運動能力の土台をつくっておかないと、高校や大学で伸び悩むのではないかという仮説を立てています」
カルチャーショック発
コーディネーションを野球人用に意訳すると、空間を認識しつつ(距離感)、出力するタイミングや強弱を制御する運動の基礎能力のこと。ヒトの場合、これらを司る神経系は幼児から10歳までに劇的に発達する。以降も伸びないわけではないが割合としては微々たるものであることから、生まれてから小学生(=ゴールデンエイジ)までの間に、運動能力の絶対値がほぼ決まる、とも指摘されている。
昭和に経験した野球と練習だけをしていては、子どものそうした特性にも永遠に気付けまい。片山コーチが新たに学びを得ようとしたきっかけは、「旧態依然」を目の当たりにしたこと。自身が小学生だった30年以上前と変わらない光景が、そこにあったという。
「息子と初めて、近所の野球チームを見に行ってびっくりしました」
軍隊方式の礼や叫ぶような挨拶に始まり、隊列を整えてのランニングから、なんとなく手足を動かしている体操。そして感情むき出しで声を荒げては、子どもを振り向かせる大人たち…。
それでもチームに入った息子は、週末と祝祭日の日中すべてを、試合か練習で拘束された。夕方の6時を過ぎて帰宅すると、ろくに話もできないほど疲労しており、入浴と食事を済ませたらベッドに直行してダウン。
おそらく、現在もそういうチームが多数派と思われる。片山コーチは息子が当初に所属したチームの監督に、ハッキリとこう忠告したという。
「このままだと、チームがなくなりますよ!」
しかし、何ら響かなかったことから親子で新たなチームへ。それがのちのブロッサムだった。
人口が多い東京の23区内にあって、部員激減から合同で練習していた西ヶ原ボーイズと滝野川中央クラブ。ここに加わった片山コーチの提唱から2チームが合併し、2022年1月に船出したのがブロッサムだ。
「自分たちが子どものころに厳しい指導で嫌な思いをしたので、そんな怒声罵声がなくても上手くなれるやり方をしよう、と。コーチ陣は同じ想いで、みんな協力してくれています」
試合前ウォームアップ
2min 35sec
冒頭のように、反「旧態依然」のスタイルを次々と実現していった。子どもの勝ちたい意欲を尊重しつつ、大人の勝利欲を限りなく抑制。ルールや約束事も明記し、ゴールデンエイジならではのトレーニングを練習の最優先に。
結果、9人、10人だった部員が、あっという間に数十人となり、2年目はもう新規募集を停止に。野球の楽しさに目覚めれば、もっと練習したい、もっと勝ちたいという意欲の高まりも自然なこと。それを訴えてきた選手を、チームに引き留める理由はないという。
「ウチは練習時間も半日と短いので、『もっとやりたいのだったら、区内の強いチームに行ってください』と伝えています」
練習プログラムの意図
取材日は地域のリーグ戦があり、通常の活動(練習)ではなかった。それでも、公式戦に備えた短時間のアップや練習から、斬新な取り組みを垣間見ることができた(動画参照)。
地面には軽快な音楽を流すスピーカーと、数m間隔でカラーコーンが置かれていた。ウォーミングアップはそのコーンを目印に、選手たちが3人ずつ10m程度を往復。よくあるダッシュは最後にプログラムされ、それまでは逆立ちや背走、仰向け・四つん這いなど、異なる体勢でのメニューが数本。選手たちはすっかり慣れた様子で、意欲的にトライしていた。
「大人は頭が硬いので、何が大事で何が必要かを子どもたちに考えさせています。儀礼的なものについても『これっていると思う?』と」(片山コーチ)
キャッチボールも、脱帽して一礼・発声のような始まりの儀式はなかった。まずはフリーでしばらくボールをやりとりしてから、段階的なメニューへ。
試合前キャッチボール
2min 37sec
10m程度での両膝立ち(投げ)からスタートし、片膝立ちでボールが5往復したら、距離を倍以上に伸ばしての全力の立ち投げへ(以降は10往復)。さらにステップも加えた全力投げからピッチング、最後はまたフリーのキャッチボールに。
見守るコーチ陣は「どれくらいまで体を捻って投げられるかやってみようか!?」「150㎞ね!」など、たまに抽象的な声掛けをする程度。それでも結果として、選手たちが投げるボールの強さと精度は、当初と最後のキャッチボールとで明らかに違っていた。
「特に細かいことは教えずにいるんですけど、きょうのような内容でかなり上手くなった選手もいます。こういう段取りから何かを感じ取って、家でもやってくれたらいいな、というのが一番ですね」(片山コーチ)
もう一人の社会人上がり
まさしく「日進月歩」。片山コーチに続いた大人の一人が、5・6年生チームを率いる石井翔平監督だった。
東農大一高(東京)、東京経済大(首都大学リーグ)を経て、社会人軟式の強豪・筑波銀行でも12年プレーした。息子の野球をきっかけに現場に出てみて、やはり横行する旧態依然に閉口したという。
「ボクは片山さんの後を追わせていただいた形です。ただ、指導者として片山さんと同じことをしていても仕方がない」と、あえて異なるジャンルにも学びを求めた。
そのひとつが、ライフキネティック(運動と脳トレを組み合わせたエクササイズ)だ。そのトレーニングの有効性をこう語る。
「試合中の大半のエラーの要因は、準備不足による焦りなどの自発的なものと、打球のイレギュラーなど対外的なものとがあります。共通しているのは、それが起きたときに脳がパニックになっている点。なので、脳がパニックの状態でも正確に処理・対処できるようにするトレーニングも必要なんです」
社会人軟式の強豪・筑波銀行でも12年プレーした石井翔平監督。ライフキネティックとリズムトレーニングの資格も得て学童指導者に
社会人時代には練習内容を一任されていたという石井監督は、発想も豊かで子どもを飽きさせない。公式戦の直前でも、効率的な練習を手早く実践していた(動画参照)。
「短い時間の中でも数を捕る、数を投げる。あとは準備するスピード感を養ってほしいな、ということで」
たとえば、手投げノックだ。石井監督がケース内のボールを手に矢継ぎ早に転がし、隣で送球を受けたコーチはケースにボールを戻す。捕球した選手が投げ終えたときには、もう次の選手へのゴロが転がりだしている。
たかがボールケース1個を有効に使うだけで、一般的なノック(送球の受け手からノッカーへ直のボール渡し)の倍近くの数をエンドレスでこなせる。朝から晩までの野球漬けでは、こういう節約の思考やムダを省く工夫は生じにくいと思われる。
試合前練習&最終調整
2min 56sec
公式戦でも攻撃のサインはなく、打席でいちいちベンチを見る選手はいなかった。フルスイングが当たり前。盗塁やバッテリーミスなどに乗じた進塁もあり。守備では内外野の声掛けもあり、一発けん制などの連係プレーも。捕手から投手への返球に対する二遊間のバックアップなど、基本中の基本の動きも当たり前に見られた。
打って走って、捕って投げる、個の能力も決して低くないし、障害に直結するような不細工なフォームは皆無。チームとして勝利に近づくための最低限の術が、各選手に備わっていることもうかがえた。
今年の5・6年生チームは、9月初旬の時点でおよそ40試合を経験。当初はコールド負けさせられていたような強豪チームを、逆に負かすまでは来ていないが、特別延長戦に持ち込むなど互角に戦えるようになってきた。
「野球を楽しむというところからスタートすると、やはりバッティングですよね。思い切り振って、打球を遠くに飛ばすという。それが試合になると、体が縮こまったり、モーションが小さくなったりしてタイミングが取れない子には助言もします。でもそれ以外は『思い切っていこう!』と。それだけですね」
型にハメない代償
引き出しはいくつもあるけれど、あえて選手を型にハメない。その理由は、コーディネーショントレーニングを重要視することと重なる。
できるだけ個々に寄り添った育成の結果、それぞれポテンシャルも引き上がってきている
試合を重ねる中で、石井監督が同じ学童チームの指揮官たちに感じるのは、判で押したように2種類の基準しかないことだという。指導においても、選手起用においても、判断基準は2つ。
「打ち方から投げ方、捕り方、走塁まで、指導者には経験や価値観による基準がそれぞれにある。そして試合になると、基準から外れた選手を厳しく叱り、逆に基準通りにできたらオーバーに褒める。ほとんどのチームが、その飴と鞭だけで対処しているように見えますね、ボクには」
指導の善は褒めることで、悪は厳しい指摘や怒ること。この認識が急速に広まる一方で、善の指導に反応する選手を重宝し、逆に反応が乏しい選手には「努力が足りない」「気持ちが弱い」などのレッテルを一方的に貼りつける。思い当たる節のあるチーム・指導者も少なくないことだろう。
同じ学童指導者たちをバッサリと斬るだけではない。石井監督は異なるアプローチを実践する中での、悩みも素直に打ち明ける。
「やる気を感じ取れる子と、感じ取りにくい子とがいる中で、最近は高学年生の難しさを感じています。体の成長、脳や心の成長に、こんなにも大きな個人差があるということを今までは知りませんでした」
「子どもが100人いたら、野球をやっている理由も100ある。そういう中で今、苦戦しています」(片山コーチ)
明るさや元気の度合い、自己表現の得手と不得手、理解のスピードにバラつきが激しい。さらには、身のこなしの能力と野球技能レベルとの不一致もよくある。そういう中で、何を評価して指導し、試合に出るメンバーを決めたらいいのか――。
目下のところ、ブロッサムの指導陣は「基準」を持たないがゆえに、苦悩が絶えない。子ども一人ひとりへの対応を優先的に考えつつ、できる限りの機会均等を目指しているという。
「子どもたちには勝ってほしいし、上達してほしいし、野球を好きになってほしい。そういう願望とか期待は膨らむばかりですけど、でもやはり、基準は決めるべきじゃないなと感じています。“悩みながら”が健全な指導の型なんだと今は考えています」
必ずしも勝利を目指しているのではない。それでも、個々の選手と深く向き合うほどコーチ陣は悩み、最善を探る議論が日常的に交わされる。そういう事情からも、定員の学年10人はギリギリの線なのだろう。
言うは易し、行うは難し、続けるはもっと難し。ホップ、ステップ、ジャンプの「ジャンプ」の手前あたりで足踏みをしているのが、ブロッサムの現状のようだ。ただし、その停滞は恥ずべきことではないし、「日進月歩」について回るものなのかもしれない。
ブロッサムの歩みと、そこから生じた片山コーチや石井監督の哲学は、波紋を広げていくことだろう。その波がやがて、野球界の底辺を活性させる力ともなるか。推移を見守りたい。
試合後は子どもだけでミーティング。「子どもたちの自発的な意見や勝ちたいという気持ちにまで、いかに成熟させてあげるのかが指導者の課題のひとつ」(石井監督)
【野球レベル】地域大会クラス
【活動日】土日9時~13時(2年生以下8時~10時)、水曜16時~18時(冬季15時~17時)※自由参加
【規模】学年10人、全体60人
【組織構成】4~6年生、1~3年生、専門の指導者3人、父母会と当番制なし
【創立】2022(令和4)年
【活動拠点】東京都北区※選手は23区内在住
【役員】代表=角野光昭/5・6年生監督=石井翔平/1~4年生監督=野口修/事務局=片山純一(コーチ兼任)/連絡係=片山陽子
【選手構成】計58人/6年生14人/5年生7人/4年生10人/3年生11人/2年生10人/1年生6人※2023年9月現在
【コーチ】片山純一/譲原賢一/荒木秀典/伊場竜太/横田恭平/小田倉憲司/沖山勇介/山岸正治/片桐信之/加藤公和/小屋茂之/関谷景