2019年に全国準優勝、「オンライン甲子園」で受賞歴もある中京大中京高(愛知)の女子軟式野球部の2人が3月2日、千葉・柏市のフィールドフォース本社(FF社)で新商品「更衣テント(仮)」のプレゼンテーションを行った。FF社の担当とは1年ほど前から打ち合わせを重ね、サンプルも完成した上での商品提案会。その内容と行方は、いかに。そもそも、野球部員の彼女たちはなぜ、このような取り組みをしているのだろうか――。
■中京大学附属中京高等学校 女子軟式野球部
【創部】2015年(学校創立1923年、共学化85年)
【実績】2016年全国大会初出場、17年同3位、19年同準優勝/オンライン甲子園2021年夏・全国優勝、22年夏・希望大賞
【監督】土井和也(男子硬式野球部顧問兼)
【2022年度の部員】3年(卒業)7人/2年2人/1年10人
【プレゼン登壇】佐藤茜(3年)、長江莉佳(同)
前日に中京大中京高を卒業したばかりの長江莉佳さん(左)と佐藤茜さん(右)
高校野球の聖地「甲子園」で、女子の全国大会決勝が開催されるようになったのは2021年のこと。だが、同じ年にそういう晴舞台もなく、競技を終えた女子高生もいたことをご存知だろうか。
「軟式」の女子野球部員として活動する高校生たちだ。国内にほんの数校とはいえ、無念は察するに余りある。中京大中京高はその数校の中の1校だった。
「中京大中京」と言えば、男子の硬式野球部は春夏で60回も甲子園に出場しており、春4回、夏7回の全国制覇を誇る名門中の名門として知られる。一方、女子軟式野球部は創部8年目。かつて、男子の軟式野球部でプレーしていた女子選手から「女子部創設」の要望が高まり、顧問の土井和也先生(現監督)を巻き込んで2015年、女子軟式野球部が誕生した。しかし、それは同時に、苦難の始まりであったのかもしれない。
レアな部活動ゆえに
ほとんど前例のない高校の女子軟式野球部ゆえ、甲子園のような大会や予選はおろか、練習試合すら思うように組めぬ状況。全日本女子軟式野球選手権大会に「中高生の部」ができて2016年に初出場、19年には準優勝を遂げたが「高校生だから勝って当たり前」との声も聞かれたという。また、コロナ禍の緊急事態宣言が明けた2021年には硬式の全国大会が男女とも再開されたが、女子軟式の全国大会は2年連続の中止で地区大会(東海大会は8チーム)まで、という憂き目に。
それらがまた、野球ファンが多い日本でもほとんど知られていないという哀し過ぎる現実。部員たちはしかし、歪んだり投げ出したりせずに「女子野球の発展」を一大テーマに掲げて世に訴えるようになった。その最たる活動が、ZOOMで開催されている高校野球プレゼンテーション大会(通称「オンライン甲子園」)への出場、そして今回につながる産学連携の商品開発である。
FF社の会長、社長、企画開発室のメンバーらを前にプレゼンが始まった
3月1日、愛知・名古屋市にある学校の体育館で卒業式を済ませたその夜、佐藤茜さんと長江莉佳さんは長距離バスに乗り込み、明くる日に千葉県の柏市へやってきた。また正午過ぎには、新幹線に乗ってきた土井先生もFF社に到着。そして午後1時、同社3階の企画開発フロアで、モニターをPCで操作しながらのプレゼンが始まった。目の前のテーブル席には同社の大貫高志会長、吉村尚記社長のほか、企画開発室のメンバーら。土井先生は全体を遠巻きに見守っている。
悲哀すらも知られず
佐藤さんと長江さんは冒頭、前述したような高校女子軟式野球の窮状や自分たちが経験した悲哀を訴えた。
「私たちは高校生になって初めて女子野球で活動してみて、チームと大会の少なさに驚きました。そして知名度の低さとメディア露出の少なさに、すごく苦しめられた2年半でした…」
2人の1学年上の先輩たちは2021年の東海大会で優勝も、全国舞台(コロナ禍で中止)を踏めずに引退。だが、オンライン甲子園で「女子野球に注いだ情熱と発展への思い」を訴えて優勝した。そして昨年、佐藤さん長江さんら3年生は東海大会4位で全国出場はならずも、女子野球発展を期しての商品開発に乗り出すことをオンライン甲子園(希望大賞)で宣言した。
これに手を差し伸べたのが、FF社の企画開発部・小林夏希課長だ。中高はむろん、短大、クラブチームまで硬式でプレーした筋金入りの野球女子で、現在も公私にわたって女子野球の現場へ足を運ぶ。
「中京大中京の女子軟式野球部とは以前から面識がありました。監督(土井先生)の人柄が素晴らしいですし、大会ではテキパキと動く部員たちが会場でも試合中も際立っている。ウチの社長や会長に紹介しても失礼のない子たち、という確信が最初からありました」
手前右、携帯電話で撮影しているのが女子軟式野球部の土井監督。「大学や社会人での学びを先取りさせていただき感謝です。下の部員たちにも刺激になって、続いてくれる子が出てきてくれると思います」
プレゼンでは、ここに至るまでの商品開発の経緯も発表された。まずは現状を把握するべく、女子野球経験者・関係者、興味のある人にアンケート調査を実施。その数は500人以上(計3回)にも及び、多くの人が女子野球に希望を抱いており、女子ならではの悩みを抱えている選手も多数いることが判明した。その悩みの中でも、夏場に多い股ズレと脇ズレに着目して「アンダーシャツ+下着」「スライディングパンツ+下着」という一体化した女子専用の商品をFF社に提案した。
「この商品なら着替えの時間が短縮できるので、着替えそのものの回数も増やせる。結果、股ズレや脇ズレの解消や予防にもなると考えました」(2人)
転んだまま終わらない
FF社は野球の自主練用品を中心に、世にないアイデア商品を無数に生み出している。しかし、提案された「一体型の下着」には難色が示された。
衣類の商品化には、ワンサイズで最低500着の展開が必須になるいという。仮にSMLの3サイズで計1500着として、それだけの需要があるだろうか、との疑問符。また、試作品では逆に、着替えに手間取ってしまうことも判明してしまった。
どうするJK!? 部員2人はアンケートの結果とその内容を見直す作業から始めた。また折りを見て、FF社の小林課長とオンラインでの打ち合わせを重ねた。
プレーヤーが増えればチームも増えて、環境も整ってくる。これは女子野球に限ったことではないだろうが、2人は逆方向の道理、「女子選手が我慢せずにプレーできる環境づくり」が競技人口の増加と発展を招く、という考えに行き着く。そしてそれに則って新たに浮かんできた案が、持ち運び可能な「更衣テント(仮)」だった。
そのメリットは複数ある。グラウンドの近くで頻繁に着替えられるため、移動時間が短縮できて体力の消耗や股ズレ・脇ズレも防げる。また、従来は何もない屋外で着替えざるをえないチームや状況もあり、保護者の理解を得られなかった側面があるが、その心配もなくなる。
収容を最大4人として、縦横高さは各2mのサイズ感。雨水対策で屋根は四角錐に、天井はメッシュ素材で通気性を確保する…。ある程度まで具体的になってきたところで、小林課長を通じてFF社が試作品に着手。吉村社長はこう語る。
「商品の多くはサイズ感、フレームの形状、金型で決まります。ウチは過去にいろんなものを作ってきた蓄積があるので、臨機応変にできるのが強み。つまり、新商品の製作もスタートがゼロではないんです」
2種類の試作品を前に、新たなアイデアをぶつけ合う。右端はFF社・吉村社長
約20分間のプレゼンを、2人はこう締めくくった。
「女子野球選手のことを考えた商品が増えることで、軟式、軟式ともにメジャーなスポーツになると思います。今現在やこれからの女子野球の選手には、私たちのように知名度の低さによる悔しい思いをしてほしくありません。好きな野球を始めやすく、また続けやすくするために、女子野球界は今こそ変わる時。この更衣用テントを採用いただき、女子野球界をさらに促進していただきたいと思います」
満場一致の大きな拍手が、その答えのようだった。以下は大貫会長が、プレゼンした2人に寄せた感想だ。
「企画で何が一番大事かと言えば、いろんな人の悩みを解決することなんです。そして我々の仕事の最大の意味は、世のため、人のためであること。今回の発表にはそれが入っていましたし、そういう意味でウチの社の企画会議よりレベルが高いなと感じました。これからも大事なその意味を忘れないでやってほしいなと思います」
方向性がほぼ固まる
プレゼン後には、FF社の中国の工場から届いた試作品2点を双方で確認しながらの議論となった。FF社の英知とノウハウも投入したサンプルの一方は、軽量かつワンタッチで組み立てと収納ができるタイプ。もう一方は骨組みが堅牢で耐久性に優れたタイプ。
部員2人とFF社のチョイスは前者で一致し、2人からは内側に衣服や扇風機を掛けられるフックの装着や、側面を吊り上げて休憩や保護者らが観戦できるタープにするなどの案が出た。FF社からは、天井の雨除けシートを晴れの日は内側に敷いて荷物起きにすることや、四つ角を外から2カ所ずつ牽引して安定性を高めることなどが新たに提案された。
試作段階だが、ワンタッチでご覧のサイズへ収納できる「更衣テント」。コツさえつかめば、女子高生1人でも楽々と折り畳める
一部始終を見届けた土井先生は、感慨深げだった。新年から3年生は自由登校となり、直接のアドバイスもほとんどできなかった中で、彼女たちは自主的に行動してきたという。
「先輩の大学生にプレゼンしてアドバイスをもらったり、中小企業診断士の先生に学んだり。今日はそれをひとつの形としてお伝えできて、いろいろな評価をいただけたことは感激です。彼女らの今後に生きる良い経験ですし、これからのエネルギーにもなったと思います」
部のこうした取り組みは、先生や先輩からの強制では決してない。実際は自分の野球に精一杯という部員のほうが多く、女子野球発展への取り組みも希望者のみが先輩から引き継いでいるという。
「やりたいことなので」
中京大中京は中京大の付属高校で、進学率は100%に近い。佐藤さんと長江さんも他の大半の3年生と同様に、4月からは中京大生(スポーツ科学部)になることが昨年11月に決定。以降は勉学やテストといったものからも解放され、多くの同級生が自由や時間を存分に謳歌する期間に。2人はそのフリータイムの少なからずを、プレゼンのために費やしてきた。長江さんがその理由を熱く語る。
「空いている時間があるからこそできることもあるし、将来を考えても企業の社会人の方々に自分たちの思いを伝える、ということを経験したかったので。遊びたいという子と同じように、私にとってはプレゼンがやりたいことでした」
佐藤さんも思いは同じ。そんな2人のモチベーションをいつでも高めてくれたのが、FF社の小林課長だったという。
「私たちが思いつきで言ったようなことも、小林さんは柔軟に受け入れて理由まで聞いてくれたり、何とか形にできないかとアクションを起こしてくれたり。アイデアを出す雰囲気をつくってくださって、すごくありがたかったです」(佐藤さん)
すべてが終わり、FF社2階の屋内練習場にて記念撮影。左から長江さん、土井先生、佐藤さん。部員2人の第一声は「緊張しました」
小林課長によると、商品化への課題はまずネーミング。加えて、最低生産数と価格帯の調整だという。そんな担当よりも、深く前のめりなのはトップの吉村社長だ。プレゼンを受けたその夜には、中国の工場へ第二の試作品を発注していた。
「絶対に商品化しますよ。売れる売れないは関係なく、彼女たちの思いが詰まったものを商品化するのが私の使命だと思っています。まだ出発点ですし、失敗したっていいんです。それが後々の良い経験にもなります、我々にとっても」
なぜ、高校で女子軟式に!?
最後にひとつ、根本的な疑問を部員2人にぶつけてみた。全国的に増えている高校の女子硬式野球部に進めば、「軟式」であることによる不遇や悲哀を感じずに済んだのではないか。女子軟式野球部に進んだ理由は何なのか。突き放すような大人の狡猾な質問にも、彼女たちは笑みも交えて即答した。
「中学は軟式野球部に入っていて、高校でも野球を続けたいとなったときに、もう少し勉強をがんばれば入れる学校が、女子軟式のある中京大中京でした。勉強と野球を両立したいなと思って進学を決めました」(佐藤さん)
「中学はソフトボール部で、高校はそのままソフトか野球をやろうと思って、いろんな高校の体験練習に行かせてもらいました。その中で、部の雰囲気や練習内容からココで絶対やりたい!と思ったのが中京大中京の女子軟式野球部でした。女子軟式の知名度がないのは知っていましたけど、それでも入りたい、と」(長江さん)
コロナ禍も長引き、中学時代に描いていたような高校生活3年間ではなかったのかもしれない。それでも、彼女たちが失わなかった野球愛に情熱と行動力が、少なからずの大人をその気にさせ、企業という山をも動かそうとしている。やがては、球界の色をも塗り替える波紋になるのかもしれない。
「更衣テント」については、2人は最後まで携わり、ゆくゆくは部の後輩たちへとその思いを託していきたいという。
土井先生によると、この2023年度も部はオンライン甲子園とプレゼン甲子園に参加を予定。もちろん、フィールドで目指すは日本一のままだ。
(大久保克哉)