「冬の神宮」は栄誉であると同時に、6年生には“別れの舞台”となることも多く、夏とはまた違ったドラマがある。中でも真っ先にお伝えしたいのが、勝負所で正々堂々の力勝負でスタジアムを沸かせた2人の6年生と、わずか3球の勝負に詰まった、あれこれ。2024年の12月21・22日に東京・明治神宮野球場で行われた、第18回ポップアスリートカップくら寿司トーナメントの全国ファイナル。リポートは準決勝の第2試合、“珠玉の6年生対決”から始めよう。
(動画&写真&文=大久保克哉)
※全球対決動画1min➡こちら
ドラマの主人公は2人の6年生。しらさぎ・田中伊織(上)と、新家・山田拓澄(下)
準決勝
◇12月22日 ◇第2試合
しらさぎ(東京)
000000=0
00002 X=2
新家スターズ(大阪)
【し】新井、田中-方波見
【新】山田-庄司
本塁打/山田(新)
二塁打/方波見(し)
スコアレスの5回表までの山場は2回表だった。しらさぎが五番・方波見大晴主将の二塁打(上)と犠打で一死三塁とし、七番・田中の2球目でスクイズ。だが、新家ベンチはこれを読んでのウエスト指示で空振り(中央)、三走はタッチアウトに(下)
投手は全力で腕を振って快速球を投げ込み、打者は確かなステップからフルスイングで応じる。プロ野球のオールスターゲームのような真っ向勝負が、学童の大舞台で実現した。
たかが3球、されど3球。ボールカウント1-1からの3球目を前に、冬の神宮は一瞬の静寂に包まれたのち、ライト方向へ舞い上がっていく白球とともに大歓声に包まれた。結果、神々しいまでに明と暗とに分かれた両雄だが、どちらの野球人生にも明るい未来が待っていることだろう。
いきなり大会最速111㎞
バックボーンも異なる6年生の2人が、マウンドと打席で対峙したのは、ポップアスリートカップの全国ファイナル準決勝。0対0で迎えた5回裏、大阪・新家スターズの攻撃のことだった。
守る東京・しらさぎは、この回から左翼の田中伊織が二番手でマウンドへ。気合いの五輪刈りの右腕はいきなり、111kmのスピードボールを投じた(=下写真)。
準決勝2試合と決勝の3試合が行われた大会最終日は、バックスクリーン上の電光掲示に投手の球速が表示されていた。4チームで計11人(同一選手の重複含む)が登板した中で唯一、「110」の壁を超えたのがこの田中だった。自己最速115㎞には届かなかったものの、やがて迎えた最強の打者を前に、スピードはさらに増していくことになる。
「左の新井(葵葉)から右の田中という、いつもの予定通りのウチの継投でした」と振り返ったのは、しらさぎの坂野康弘監督。試合直前に、采配は2試合(同日の決勝も)を想定して行うかを問うと、こう即答していた。
「もちろん一戦必勝です!(準決勝の)相手はチャンピオンですから!」
そう、新家は絶対的な王者である。夏には「小学生の甲子園」全日本学童マクドナルド・トーナメントで、2連覇を達成していた。このポップ杯も前年優勝枠の出場で予選は免除。前日の全国ファイナル初日は、西埼玉少年野球(埼玉)と平川Jr.ベースボールクラブ(青森)にそれぞれ完封勝ち。V2まであと2勝に迫っていた。
度肝抜く王者の金看板
絶対的な王者をけん引する最強打者が、左打ちの一番・山田拓澄だった(「2024注目戦士❷」➡こちら)。5年夏の全国で、サク越えアーチを放つなど日本一に貢献。「世代屈指」と注目された6年夏は、投打二刀流に5試合で7盗塁と足でも全国連覇に寄与し、オリックスジュニアにも選ばれていた。
この冬の神宮に来て、存在感がまた格段にアップ。1回戦では相手の遊撃手と左翼手が二塁ベースの後方に位置するなど、「大谷シフト」ならぬ「山田シフト」をいきなり敷かれたが、動じる気配はなかった。
そして0対0で迎えた特別延長(無死満塁から)の7回裏に、中越えのサヨナラ打(=下写真)。神宮のセンター最深部を本塁とする特設のB面から放った飛球は、対面(正規のA面)のマウンドあたりに落下するという、驚きの飛距離だった。続く準々決勝では、4回にダメ押しの右越え2ランも放ってみせた。
「やっぱり、ちゃいますよね。去年から試合に出ていますし、ホンマに打線を引っ張ってくれる一番バッター。ホームランも打った瞬間!(に分かる)という当たりですから」(新家・吉野谷幸太監督)
準決勝でも指揮官を感嘆させることになる。
大激戦区の「気迫」の右腕
対するしらさぎは創部47年。夏には悲願の全日本学童初出場を果たしていた。全国随一の激戦区・東京予選で3枚目の切符獲得に大きく貢献したのが、田中だった(リポート➡こちら)。
3位決定戦は5回から救援して最速105㎞をマーク。2奪三振など無失点の好投に加え、コールド勝ちを決めるサヨナラ2ランを含む2本塁打でヒーローに。迎えた「小学生の甲子園」は、準優勝することになる兵庫・北ナニワハヤテタイガースに1回戦で敗北。2番手の田中は3回からの3イニングで許した走者は1人(中前打)という、ほぼ完璧な投球で流れを呼び、5対6の1点差まで詰め寄ったのだった。
1週間前に卒団式を終えて迎えた冬の神宮は、6年生にとってはオマケのご褒美のような位置付けに。
1回戦はシードで、準々決勝は経田野球スポーツ少年団(富山)にサヨナラ勝ちした。1回に三番・石田波留が先制ソロを放てば、先発左腕の新井は4回二死までパーフェクトピッチを披露する。
二番手の田中も無安打の快投を続けてきた。そして回またぎの3連続三振で6回表も二死、勝利までアウト1つの場面から同点ソロを浴びてしまう。だがその裏、一番・井手上季稜のヒットと二盗から二死三塁として四番・新井が執念のサヨナラ打。公式記録は内野手の失策となっているが、坂野監督はこう話している。
「足は決して速くない新井が、一生懸命に走って内野安打にしてくれた。完璧に近い投球も含めて、よくやってくれました」
背番号1の新井(上)は準決勝も4回無失点とゲームメイク。2回の守りでは遊撃手の井手上(下)が三遊間のゴロを捕球するやノーステップの一塁送球でアウトにする美技も披露
役者がそろい、舞台も整う
いよいよ舞台が整い、役者もそろった。
新家の山田と、しらさぎの田中による一騎打ちは0対0の5回裏、二死三塁で始まった。新家はこの回、先頭で中前打を放った七番・今西海緒を2連続バントで三塁へ送った。
2アウトだから、もう打つしかない。左打席に入った一番・山田はいつものように、右手でバットをくるっと回してから構えて、ゆったりとマウンドを見据えた。
「打って決めるぞ!という感じでした」(山田)
守るしらさぎは、三走の生還で敗北となる。一塁も二塁もベースが空いており、「王者の金看板」とも言える最強打者との勝負を回避する選択肢もあった。坂野監督は試合後、こう回想している。
「あの一番バッター(山田)を申告敬遠する考えもあったんです。でもやっぱり、勝負させてあげたいな、と。あの子もウチの田中も中学、高校と野球をやるでしょうからね」
そんな指揮官の親心を知ってか知らずか、田中は初球で今大会最速記録(表示)の112㎞でストライクを奪う。続く2球目はインハイに抜けたが、同じく112㎞をマークした。
「全国大会で優勝しているチームの一番良いバッターと戦えるのはうれしかったし、あこがれてました」(田中)
対する山田は「だいぶ速かったです」と振り返ったが、週末のオリックスジュニアの活動で、同程度のスピードボールを見慣れている。田中の快速球にも驚きはしなかったという。
そして1-1の並行カウントからの3球目。マウンドの右腕は、帽子のひさしの裏にも書き込んである「気迫」を乗せて全力で腕を振った。球速は111㎞。
最強打者はこれをジャストミートすると、白球はぐんぐん高く舞い上がり、ライトのホームランエリアに落ちて弾んだ。
「コースは真ん中。打った瞬間にいったと思いました」(山田)
勝負の後までもが立派
5回裏に均衡を破る2ランを放った山田は、続く6回表もマウンドへ。しらさぎ打線を5回まで散発3安打に抑えており、最終回に4安打目を許したものの、最後の打者を三振斬りで決勝進出を決めた。
「…悔しいです」
予定より少し早かった学童野球の終焉。ラストマッチを終えた、しらさぎの6年生たちは多くが涙を流していた。田中は号泣しながらも、チームや仲間、両親への感謝の言葉を続けた。
「今後はああいう勝負所で絶対に三振を取れるようなピッチャーになりたいです。元々、違うチームにいた、こんなボクをみんなが受け入れてくれて、指導者の方々も良い方向に導いてくれて、感謝しています。ホントにムダな時間が1秒もなくて、最後に良いチームと戦えて、良いチームで学童を終われて良かったです。お父さんお母さんには、中学野球でもっと恩返しがしたいです」
決勝戦開始までのフィールドでのイベント中に、田中は母とがっちり握手(下)
コメントも立派だったが、自身の学童野球で最後となった打者へのピッチングも見事だった。土壇場での力勝負に敗れ、痛恨の被弾をすれば、一気に崩れても不思議はない。しかし田中は、次打者を2球で中飛に打ち取り、ベンチに引き揚げている。
一方の殊勲打に6回完封の山田は、このままいけば「大会MVP当確」とも言える活躍ぶりだった。ところが、笑顔で神宮を去ることはできなかった――。