東京は3月に入ると、晴れの日と雨の日とが周期的に入れ代わり、降雪かと思えば、ゴールデンウイークのような陽気も。まさしく、季節の変わり目にあるようです。
晴れと雨、天と地、月とすっぽん…物事の大きな相違や、隔たりの度合いをそのように表現したりします。私がこれから記さんとすることもまた、とんでもなくギャップのある世界。
野球の本場、アメリカ合衆国で最高峰のメジャーリーグと、マイナーリーグ(下位リーグ)との格差について。市場調査のために現地に4日間滞在した中で、MLB球団のトレーニング施設を見学した際の抑揚と衝撃。これをありのままに綴ってみようと思います。
サンフランシスコ・ジャイアンツは拠点の西海岸を中心に、国内外にこれだけの施設を保有する(上)。写真下は同球団のファーム施設
日本の野球人のみなさんにイメージをしていただくとしたら、プロ野球のNPB球団の施設と、強豪私学の高校・大学の野球部の合宿所との対比がいいかもかもしれません。メジャーとマイナーとの格差は、それほどのものでした。
オフシーズンにあたる昨年の11月、私が訪問したのはサンフランシスコ・ジャイアンツ、アリゾナ・ダイヤモンドバックス、オークランド・アスレチックス。この3球団がそれぞれ国内外に多数保有する施設のうち、西海岸方面にあるトレーニング施設兼キャンプ地を訪ね、一般には非公開のエリアまでを案内してもらいました。
球団によって多少の違いはありましたが、壮大なスケール感と、贅の限りを尽くしたような優雅さは共通していました。私はそれまでに、関東方面のNPB球団の施設や球場内にも複数立ち入らせていただきましたが、メジャーのそれはまるで規格外。
例えば、ダイヤモンドバックスはフィールドだけで13面。「13球場」のほうが適切かもしれません。日本の感覚でいうと、プロ野球を開催するメイン球場の周囲に、高校野球の地方予選を行うような球場が12カ所あるようなもの。何となく、規模感はおわかりいただけるでしょうか。
メイン球場以外の12面も、よく見るとフィールドに違いがあり、メジャー用だけは総人工芝。マウンドや打席・ベース周りもすべて人工芝で、そこはカラーだけが土の色になっていました。
「この一帯は元々は山で、それを削って均して敷地にしました。メジャー用の全面人工芝は、ケガ予防のためです」
案内人から、そう説明を受けたとき、私たちはメジャー用のクラブハウスのテラスに立ち、全景を悠然と眺めていました。そこは玄関もトレーニングルームも天井が見上げる高さで、自然光もふんだんに取り込んでいて明るくて広々。分厚いカーペットに壁のクロスはシックな色合いで、そこここに過去の栄光や長い歴史を物語る品々が飾られている。ゆったりした通路の壁には、歴代スターの写真やユニフォームなどを収めた額縁がどこまでも続いていました。
ダイヤモンド・バックスのトレーニング兼キャンプ施設の案内図(上)。道案内にも「メジャー」と「マイナー」の区別がはっきりと(下)
MLBのロッカールームはテレビの映像で見たこともありましたが、いざ踏み入ると感嘆の声が出るほどの豪華さでした。そこは「着替える場」というよりは、「くつろぎの空間」。複数のグループミーティングも同時に行えそうな、ソファとテーブルのセットに大型モニターなどが中央部に広がり、その真上の天井からはチームロゴをモチーフにした電飾が渋く赤い光を落としている。一人ひとりの区画も十分なゆとりで、例のソファは見た目の重厚感に反して、沈み込みと反発力の何と上品で心地が良いことか。
ダイニングルームも然り。メジャーリーガーたちがご用達の室内は、どこも超一流ホテルのスイートルームのような感じでした(泊まったことはないので、これは想像です…)。しかし!
「ここから先はマイナーの施設です」
クラブハウス兼オフィス内を案内されるままに付いて回り、大きな扉の前に来て初めてそう言われました。そしてその扉の向こうにはまた、別の世界が広がっていたのです。「異次元」と表現したらいいでしょうか。今度は声すらも出てきません。
写真はメジャー側。ロッカールームなど多くが撮影NG、マイナー側のエリアは全面NGだった
内装も光量も照度もメジャー側とは明らかに違い、うら寂しい感じで質素そのもの。どこもかしこも、空気の温度や匂いまでもが違う気すらしました。ロッカールームは間取りが狭くて密集しており、仕切りはベニヤ板一枚のような作りで、あとはパイプ椅子が置いてあるだけ。さっきまで見てきた世界とは「雲泥の差」です。
言葉を失ったままでいる私に、案内人は何度もこの単語を用いて説明してくれました。
「ハングリー(hungry)」
話の端々で聞こえてくる、この単語だけは私はダイレクトで理解しました。要するに、こうした環境や報酬やシーズン中のサイクルを含む、あからさまな格差が扉の向こうの世界、メジャーリーグを渇望する者たちの最大のエネルギーになるのだ、と。
唯一、マイナーの側にあってメジャー側になかったものは、英語のクラスレッスン。教師一人に対して生徒(マイナー選手)は複数いて、肌の色も髪の色もそれぞれでした。メジャーに昇格したら英語を話せるようにと、球団側がそういう努力の機会と場も与えているとのこと。
訪問先の3球団目は、オークランド・アスレチックス
またマイナーのエリアには、記念品や装飾などが一切ありませんでした。ここは安住する場所ではないから、一刻も早く抜け出せ!励め! そんな無言のメッセージにも思えました。そしてそれは、日本人の私の心にも突き刺さりました。
強い気持ちや信念をもって、競い合ったり、切磋琢磨をしないことには、何事も果たせない――。経営者として、私の理念のひとつがそれです。もちろん、思想や主義は人それぞれ自由であり、今は多様性を認める時代です。そういう中で、自ずと忘れかけていたものを想起させてくれたような気がしました。
初渡米の初日に3000円のハンバーガーセットを食べながら痛感した、日本の国力の低下と危機感。これはその後も増すばかりでしたが、一方で私は“大和魂”を堅持しました。
滞在2日目の視察後。夕方の遅くにホテルへ戻ると、私は一人でレンタカーを借りて出掛けました。グーグルマップで設定した目的地は「スローン・パーク」。そこはシカゴ・カブスの春季キャンプ地で、スタジアムでは同日の19時半からマイナーリーグのオールスターゲームがある、とのこと。この情報を小耳にはさんだ私が、宿でじっと休んでいられるわけがありません。
寝不足で疲労困憊。英語はほとんど話せないけど、野球好きは「3度の飯より~」のジャイアン並。大学時代には長いこと中国に滞在し、同国内で放浪の旅をしたものです。不安もないわけではないけど、未知の世界への欲求と、こんなチャンスはもうないかもしれないという強迫観念が優りました。
行けば何とかなるさ! そんな魂胆でしたが、チケット売り場で早くもトラブル発生。「ノーキャッシュ!」と、窓口で頑なに断られてしまうのです。
そんな私を見かねたのでしょう、隣のオジサンが「オンリーキャッシュ?(現金しかないのか?)」と声を掛けてくれました。そして彼は、「YES!」と即答した私のドル紙幣と引き換えに、クレジットでチケットを1枚余分に購入してくれたのでした。
ノンアルコールビールを飲みながら、ナイターを生観戦。ゲームの行方やプレーを楽しむというよりは雰囲気を味わい、写真や動画を撮ったり。翌日に備えて21時過ぎにはスタジアムを出てホテルへ。チケットの一件以降は何事もなくスムーズでした。
そういえば、現地滞在中の4日間、どこへ行っても対人関係のトラブルはありませんでした。「日本人は親切」という外国人の評価をテレビなどで見聞きしますが、アメリカだって市井の人は同じですよ! 自分で足を運んで体験してきたからこそ、これも公然と言えることのひとつになりました。
以上で、全4回に渡る「米国視察滞在記」は終わりになります。いささかの違和感が残るのは「大和魂」というオーバーな表現のせいかもしれません。せめて「大和男児の矜持」でしょうか。親切な日本の読者のみなさんなら、深く突っ込まずにやり過ごしてくれると信じています。
(吉村尚記)