いまでは餡子(あんこ)やクリームなど甘いものだけではなく、肉類や野菜が入ったものもあるらしいですね。日本人に長く愛されている「たい焼き(鯛焼き)」の話です。
ぶらりと街を散策中に「たい焼き屋さん」の前でふと足が止まり、出来上がりまでの工程や職人の手さばきに気付けば見入っている――。こういう経験がある人も少なくないことと思います。
二枚折の鉄板のくぼみに生地を流し入れ、餡子を乗せてから鉄板を重ね合わせる。焼けた頃合いで重ねた鉄板を引き離すと、魚の形にウロコやシッポも再現された「たい焼き」の出来上がり。
実は日本発祥の野球の軟式ボール(軟式球)も、それによく似た工程で作られていることをご存知ですか? 「たい焼き」も「軟式球」も、日本人の多くは単語を耳にしただけでズバリそのものをイメージできるはずです。一方、外国の人たちには、どちらも想像すらできないことのほうが圧倒的に多いと思います。
われわれフィールドフォース(FF社)で販売している軟式球は、すべてがメイド・イン・チャイナ。中国におよそ30ある協力工場で、製造されています。いまでこそ安定した品質で大量生産も可能ですが、軌道に乗るまでは困難の連続でした。
何しろ、「野球」というスポーツがほとんど入り込んでいなかった異国です。現地の工場の方々に軟式球を理解してもらうだけでも骨が折れました。その至難さは、外国人に「たい焼き」を説明するのと同じと言えば、想像がつくでしょうか。
それでも知識を重ねれば、「無知」のほうはどうにかなります。もっと厄介で事態を深刻にしていたのが「文化や風習の違い」でした。その具体例のひとつを前回のコラムで記しました(第12回➡こちら)。今回はまず、日本人でも多くが知らないだろう軟式球の製造工程から入りたいと思います。
軟式球の製造工場にて(中国・福建省アモイ/前列右から2番目が筆者)
軟式球の製造工程は、先述したように「たい焼き」のそれと似ています。ざっくりと説明すると、リンゴを縦半分に切ったときのようにボール型に凹んだ金型にゴム素材を流し込み、金型同士を合わせたら熱を加えて張り合わせる。
肝となるのが、「たい焼き」で言うところの餡子(中身)の部分で、軟式球では金型同士を合わせる前にガスを混入します。専門用語では「起爆剤」という気体。このガスが熱で膨張することで、ゴム素材が金型に強く圧しつけられる。その結果、縫い目やディンプル(模様)が表面にくっきりと表れたボールが出来上がります。
難しいのは起爆剤の濃度(圧縮率)です。低すぎると、ボール表面の模様がしっかりと出ない。逆に高濃度すぎると、必要以上にゴム素材が膨張してしまい、ボールそのものが規定サイズに収まらなくなる。厳密には、ゴム素材や調合する薬品類の兼ね合い、加熱の仕方なども含めた調整と使用テスト(反発力)を重ねる必要があります。
軟式球の不良品の一例。表面の模様がきれいに表れないのは、混入するガス濃度の問題が真っ先に疑われる
形も直径サイズも重量も反発力も、基準を満たした完成品。その仕様がはっきりと定まったら、次は大量生産用のラインを構築します。そしてまたサンプルテストを重ね、これもパスしたら本格稼働へ。軟式球の製造工場はこうして誕生します。
私が中国で最初に携わった協力工場(軟式球)は、着手から本格稼働までにおよそ1年を要しました。もう10数年前、FF社の創業から間もないころで、他社ブランド品の受注生産(OEM)を主な柱としていた時代です。軟式球の製造も、大型のスポーツ専門店からの依頼が始まりでした。
相応の資金を投じて、私個人の情熱と手間暇とスキルも惜しむことなく捧げて、ようやく稼働に漕ぎつけた中国の製造工場。大量生産も可能なシステムを現地で整えてから、帰国した私を待ち受けていたのは筆舌に尽くしがたい怒りと落胆でした。
直径サイズ、重量、反発力。すべて基準を満たさなければ商品にはならない
何度も何度も、中国でテストと改良を重ねた果ての完成品(軟式球)が、船に揺られていざ日本に届いてみると、すべてが不良品だったのです。どれもこれも手に取る以前、見るからにサイズが大きすぎる。それが何と1万球以上も…いったいこれは、どういうことなんだ!? すぐさま中国の担当へ電話を入れました。
「最後に私が確認したときに、あなたは『問題ない』と言いましたね? それなのになぜ、こんなにもサイズが違うものを送ってきたのか?」
務めて冷静に、北京語で問い質すと、このような答えでした。
「いや、問題ない。起爆剤の濃度を上げただけだから、いまは大きいけど時間が経てば萎んでくる。要は気圧と時間の問題で、元のサイズに戻るとわれわれは考えている」
「なぜ、そんなに濃度を上げたのか?」
「あなた(社長)は、表面がきれいに出るかどうかを一番気にしていたから。3、4カ月も置いておけば必ず縮まるから、心配しなくていい」
「いやいや、そういう問題ではない! こちらは相手先への納期があるんだから」
「そこはあなたの責任ですよ!」
ストレスにストレスを上塗りするような会話。埒の明かない不毛なやりとりの中で、私は深く悟ったのです。
中国では相手に依存をしてはいけない! こちらが主体性をもつべきで、彼らが発する「没問題(mei wen ti=メイ・ウェン・テイ=問題ない・大丈夫)」を信用してはいけない、絶対に注意をしないといけないのだ、と。そしてこの言葉は自分から二度と使うまい、と決めました。
写真上が基準を満たした良品。下はサーズオーバーの不良品
大きな失意とストレスを抱えたまま、私は依頼主のバイヤーの元へ急ぎました。商談ブースがいくつも並んでいる中の一角。事の顛末はそこそこに、「ご依頼の商品(軟式球)を納品できなくなりました」と切り出した私は、思い切りこう罵られたのです。
「どーすんだよ、オマエ! 『問題ない!』って言ったじゃねぇかよ!」
奇しくも私がついさっき、中国人に吐いていたセリフ、そのものでした。
《つづく》
(吉村尚記)