今夏の夢舞台を語る上で、決して外せないチームがある。最後まで主役の座を張れなかったものの、前半戦は間違いなく、チャンピオンシップの巨大トーナメントの中心にいた。船橋フェニックス。そう、“東京無双”の陽キャなタレント軍団だ。「天下分け目の決戦」とも言えた前年王者との3回戦を中心に、その懐へも入り込んでリポートしよう。
(写真・文=大久保克哉)
冬の神宮へ。舞い戻れ、不死鳥よ!
夏の夢を終わらせてはいけない。
[東京]ふなばし
船橋フェニックス
【ベスト16への軌跡】
1回戦〇9対0黒部中央(富山)
2回戦〇13対0国分小(鹿児島)
3回戦●1対9新家(大阪)
3回戦
◇8月19日 ◇神宮球場
■第1試合
[大阪]3年連続4回目
新家スターズ
2601=9
1000=1
船橋フェニックス
[東京]2年連続2回目
【新】庄司、山田、今西-藤田、庄司
【船】吉村、松本、木村-竹原
二塁打/松瀬吟(新)
気合いの五輪刈り
日本一決定からの歓喜の輪も胴上げも、雨で流れてしまった今夏の夢舞台。終わってみれば、筆者が目にした一番の笑顔は、開会式の日にあったのかもしれない。
8月15日の夕刻、明治神宮野球場。前年度王者と47都道県のチャンピオンが一堂に会した中での、最後のセレモニー。始球式が発端だった。
投手はBCL/栃木でプレーする、お笑いコンビ「ティモンディ」の高岸宏行氏。受ける捕手は、前年王者の新家スターズ(大阪)の藤田凰介主将。そして開催地・東京王者の船橋フェニックスから、背番号7番が右打席へ。お決まりの空振りでも、フォロースルーまできれいなスイングは、いかにも“東京無双”のバッターだった。
大きな拍手を浴びてヘルメットを脱いだ彼は、青々とした五厘刈り頭をちょこんと下げて、高岸氏から記念のボールを受け取った。黒縁メガネの奥には緊張の色もうかがえたが、やがて満面の笑みで興奮気味に振り返った。
「超楽しかったです! (五厘刈りは始球式のため?)はい! このために気合いを入れて。ボールは自分で保管します。もう、一生のものなので。このチームに入っていなかったら今の自分はいないから、このチームで野球をやってきてホントに良かったなって今、感謝しています」
神田咲太郎。仲間たちと歩いて神宮を後にする、背中の7番までもが笑っているように揺れていた。
スーパー軍団のサブ
彼らは新チーム始動から、練習試合も含めて全勝のまま、新人戦最高位の関東王者に輝いた。以降も数々のタイトルをコレクションし、この全国舞台までに喫した敗北はわずかに3つ。全国1位の大激戦区、1000チーム以上が加盟する東京都においては無敗を貫いてきた。
そんなスーパー軍団を、筆者も事あるごとに取材。そこには決まって神田の姿もあったが、あのようなハイテンションのトークも、あそこまで満ち足りた顔を見るのも初めてだった。
ポジションは外野手で、主な役目は三塁ベースコーチ。レギュラーの9人は大きくて、投げても打ってもパワフルで巧み。世代屈指のタレント軍団であることは、後にNPB12球団ジュニアに6選手が選ばれたことでも実証されている。その牙城に分け入るのは、並大抵ではない。
背番号7はそれでも、出番を求めて他チームへ移ったり、グラウンドから足が遠のいたりはしなかった。もう一人のサブメンバー、近藤錦とともに公式戦では大半を裏方として、チームと仲間に尽くす姿があった。
そんな彼を、指揮官が気に留めていないはずがなかった。どんなに勝とうが変わらない、温和で紳士な父親監督。晴れ舞台のセレモニーの大役に、神田を指名することに迷いはなかったという。
「メディアへの露出を含めて、みんなに機会を与えてあげたいなという思いは常々あるんです。サク(神田)は4年生の終わりからチームに入ってきて、練習にも一番顔を出しているし、ランコを仕事として一生懸命にやってくれている。でも小学生ですから、やっぱり試合に出たいし、目立ちたいのも当然あると思うので。サクはまた実力もついてきて、この前も結果を残している(都知事杯リポート➡こちら)。始球式を務めるにも、恥ずかしくないプレーヤーですから」(木村剛監督)
「本番」3週前に敗北も
2年連続2回目となった全国大会は、自他ともに認める優勝候補の筆頭だった(展望記事➡こちら)。向上心とライバル心が旺盛で、バラバラでたっぷりの個性が戦の場で見事に調和する。「野球命」を絵に描いたような選手たちは、夢舞台も存分に堪能しているようだった。
「全国でも圧倒的! を意識」
エース格の松本一が、事前に話していた通りの入りだった。初戦は1回裏、四番・濱谷隆太の2点タイムリーに始まり、2回には二番・松本の中前打から八番・高橋泰生の3ランまで、怒涛の7連打6得点で大勢を決した。
続く2回戦も濱谷の先制2ランに始まる。5回には三番・竹原煌翔の2ランなど、打者12人で8安打8得点。投げては吉村駿里、高橋(=上写真)、木村心大(=下写真)が無安打完封リレーで、許した走者は四球による1人だけ。まさしく、圧倒的な内容だった。
そして満を持して“天下分け目の決戦”へ。
3回戦で待ち受けていたのは、V2を期す不敗軍団、新家スターズだった。両チームは7月30日に、和歌山県での高野山旗決勝で初めて対峙。船橋は3対5で敗れたものの、欠員があり、エース格の松本は登板しなかった。
3週間後、「本番」とも言える全国舞台でともに勝ち上れば、3回戦で当たる組み合わせがすでに決まっていた。木村監督は個々の起用理由についての明言は避けたが、手の内や腹の探り合いは当然あったはず。迎える「本番」では、1回戦から決勝まで6日連続の試合を想定し、投手陣をやりくりすると明言していた。
土俵に乗らぬ相手の土俵で
大注目の一戦は、1対9で決着した。勝利した前年王者の万能ぶりと、抜け目のなさばかりが際立つ4イニングだった。
一方の船橋ナイン。つまらなそうでは決してなかったが、いつものように勝負を楽しむ風情ではなかった。重量打線から長打もついに生まれず。力と力でぶつかり合う土俵に、相手を引き込めなかったと表現するべきか。
「1回戦、2回戦と30球くらいに抑えられたので、今日も肩はすごい調子が良かったです」と吉村(=上写真)。3試合連続となった先発のマウンドでも、ストライク先行で立ち上がった。しかし、心なしかのアンラッキーもあってピンチを招くと、文句なしの先制タイムリーを浴びてしまう。さらに足技でかき回され、悪送球で1回表に2失点。
その裏、松本と竹原のクリーンヒット(=下写真上下)に濱谷が歩いて満塁とし、併殺崩れで1点を返す。ここまでは十分に脅威を与えていた打線だが、以降はうまく打ち取られていくことに。
「高野山旗で負けて、この全国に懸けるという思いでやってきたので、めちゃくちゃ悔しいです。新家は全員が打ったり走ったりができて、ピッチャーはインコースにズバッと来たり緩急を入れたり、自分たちの嫌なボールを投げてきて相性が悪かった」
こう振り返った長谷川慎主将は、実は肩を痛めていたという。世代屈指の本格派右腕だが、全国舞台ではレフトを守ったまま終戦を迎えている。
大勢は2回表で決した。与四球に始まり、バッテリーミスに単打2本で1点を失ってなお無死一、三塁。ここで木村監督が動いて、松本がマウンドへ。
制球が安定している上に、勝負どころでギアが上がる。重要な一戦でチームを何度も勝ちに導いてきた松本は、とっておきの「切り札」だった。しかし、この場面では投球練習からボールが浮いて、本領発揮とならず。打者3人に対しただけで木村の救援を仰ぐと、バックの守りも乱れて気付けば6失点。
「完敗です! 2回がちょっと壁でした」と、松本。自らの不調には言及しなかったが、常に思うようなパフォーマンスを発揮するなど、プロ選手だってあり得ない。
悔し涙から続きが!?
2024年に入ってからは、逆転勝ちも増えていた。ビハインドでも誰かがどこかで必ず突破口を開いてきたが、この決戦では反撃の糸口すら与えてもらえず。木村監督も「力の差ですね。完敗です」と脱帽した。
「すぐに1点を返して、リズムに乗っていける形だなと思ったところで6失点。これまでも言ってきましたけど、2点3点はリードされても逆転できるチーム力はある。でも、それが7点。重かったですね」(同監督)
5回に9点目を入れた新家は、終わってみればコツコツと10安打。6四死球に1犠打、2盗塁。併殺打が1あったが、守ってもノーミスだった。
「やられました、完全に。相手がそういう野球をやってくるなとは思っていました。しっかり練習しているチームだなというのは、すごくよくわかりました」
これは正捕手・竹原の率直な感想だが、どの選手も同様であっただろう。登頂の道半ば。早すぎた夏の終わりに、いつもは陽気な面々の頬を涙が伝った。
「負けは負け。ただ、ここまでのプロセスは間違っていない。それは必ず彼らの中にも残っていると思うので、そこはもう、褒めてあげたいなと思います」
スタジアムを背にした指揮官は、報道陣にそう話してからナインを集めて輪になると、涙腺が崩壊した。
背番号7も泣いていた。夢舞台での出番は結局、1回戦終盤の守備固めのみ。打席には立てなかったが、記念のボールとともに、マイベストを貫いた3年間の思い出も生涯の宝となることだろう。
「悔しいです!」
3番手のマウンドで気を吐いた木村は、激しく泣いていた。それでも、新たな道でのリベンジを誓った。
「マクドナルド(全日本学童)は終わったけど、くら寿司カップ(ポップアスリート杯全国ファイナルトーナメント)が冬にまた神宮である。新家はそれも前年優勝枠で出てくるので、そこで絶対に倒せるように、自分たちも予選を勝って神宮に戻ってきたいなと思います」
同大会の全国ファイナルは、12月20・21日に神宮球場で開催されることがその後、発表された。船橋は西東京代表まで勝ち進んでおり、11月2日の関東最終予選で2勝すると、神宮の扉が開ける。
一方、9月の東京王座決定戦では、不動パイレーツに決勝で大逆転負け。史上初の東京都4冠(新人戦、全日本学童予選、都知事杯、王座決定戦)はならず、「東京無双」の肩書きも外れた。失うものはもう何もないが、NPBジュニアの各球団に散った6選手からのフィードバックはプラスに違いない。
「二度あることは三度ある」とも言われるが、絶対王者・新家との3度目の激突は実現するのか。真夏のあの神田のような幸せ絶頂の面持ちで、全員そろってフィナーレを迎えられるのか――。
舞い戻れ、不死鳥よ! キミらの夢を夏の神宮で終わらせてはいけない。