学童球史に残るだろう、点取り合戦を第1弾でお伝えした『名勝負数え唄』。最終の第4弾は、好プレーのオンパレードで、特別延長も3イニングを渡り合うシーソーゲームとなった3回戦。改めて野球の深さを訴えるとともに、舞台裏にも迫ると全国大会の存在意義やそこを目指すことの尊さも見えてくる。さらには、安定したクラブチームの育成システムや、父親監督が率いるチームの理想的な終着までが浮き彫りに。やはり、後世にも語り継ぎたい麗しき一戦だった。
(写真&文=大久保克哉)
(特別継続試合写真=福地和男)
3回戦
◇8月19日 ◇神宮球場
■第4試合
◇8月20日 ◇駒沢硬式野球場
■特別継続試合
[東京]2年連続5回目
不動パイレーツ
000030021=6
※規定により7回からタイブレーク
011001020=5
北名古屋ドリームス
[愛知]2年連続6回目
【不】山本、鎌瀬-鎌瀬、唐木
【北】三島、富田-岡野
本塁打/細谷(不)
二塁打/山本、米永、田中(不)、三島(北)
無念のクジ引きも覚悟
「白黒をつけさせてもらった。何よりも、それがありがたかったですよね」
愛知・北名古屋ドリームスの岡秀信監督の、振り返りの第一声がそれだった。
神宮球場での第4試合はナイトゲームとなり、既定の6回を終えてスコアは3対3。無死一、二塁で始まる特別延長戦に入り、7回の表裏はともバントで一死二、三塁とするも、両投手が踏ん張って無得点に終わった。そして8回を迎える前に、まさしく“水入り”となる。
7回はそれぞれ犠打で一死二、三塁とするも0点。表の不動は遊ゴロも本塁タッチアウト(上)。裏の北名古屋は、申告敬遠で満塁から後続が倒れる(下)
轟く雷鳴に続く豪雨で、19時21分に試合が中断。グリーンの人工芝にみるみる水面が広がり、土砂降りの粒玉がそこに跳ねて花火のよう。やがて大会本部席から両ベンチの指揮官が呼ばれ、岡監督は「抽選」を覚悟したという。
「夏の全国大会でのダブルヘッダーはある意味、禁断ですよね。聞いたことないし、1回戦が台風で1日順延されたので予備日もない。スポーツ少年団の全国大会(軟式野球交流大会)では、今年は暑さ指数(WBGT)が一定以上なら試合せずに抽選だったとか、そういうのも知っとるから…」
だが、本部で両監督が耳にしたのは、スペシャルな提案だった。翌日の準々決勝の第1試合の前に「特別継続試合」として、8回以降の勝負を組み込むというもの。断る理由など、あろうはずがなかった。
全国の9000を超えるチームから日本一を決する夢舞台の3回戦。過去に準Vの実績がある名門同士が一進一退、ともに譲らぬ白熱のゲームを展開していたのだ。
さっきの敵が今の友
明くる日。駒沢硬式野球場に場所を移しての特別継続試合は、8時半前に始まり、およそ25分で決着した。軍配は東京・不動パイレーツに挙がった。
同日第3試合の準々決勝に備えて、不動の選手たちはスタンドで早めの昼食に。そこへ敗れた北名古屋の選手たちがやってきて、あちこちで子ども同士の会話の花が咲いたという。直接の交流も面識もない間柄だったのに、ごく自然に。
前夜は19時21分まで7回を戦った両軍。2日目の特別延長試合は8時26分に開始(上)、終了は同50分(下)
さっきの敵が今の友――互いに健闘を称え合っているのだろうか。初めて見る光景に感心し、話の中身に興味があって近づいたのは不動・鎌瀬慎吾監督(=下写真)。すると、気付いた北名古屋の選手たちから、いくつかの質問を受けてまた驚いたという。
「北名古屋の子たちのコミュニケーション力と賢さは、すごいんですね。大人のボクに対しては、ちゃんと敬語で会話ができるんです。ウチは指導者がみんな父親なのもあって、子どもたちはタメ口なのに(笑)」(同監督)
また、受けた質問の中に鋭いものがあった。これだ。
「じゃんけんで勝ったのに、なぜ、先攻を選ばれたのですか?」
それは北名古屋の選手でなくとも、知りたいところ。“飛ぶバット”の登場で、全国大会でもロースコアの接戦が激減。とはいえ、試合は90分の6イニングしかない。特別延長戦は増えており、そこでは先攻側の得点数に応じた攻撃ができる優位性から、後攻めを選ぶチームが圧倒的に多い。
不動は翌日の準決勝も含めて、全国の5試合すべてが先攻。そこには確たる理由があった。鎌瀬監督がとくと語る。
「ウチの子たちはスイッチが入るのがすごく遅いんですよ。いろいろやりましたけど、試合開始でやっとエンジンが掛かる感じは変わらない。都大会の初戦からずっとそう。あとはクーリングタイムが肝でしたね」
クーリングタイムとは、今大会の酷暑対策のひとつで、2回と4回終了後の各5分間の休憩(=下写真)のこと。競技6日間の最終日、決勝当日は猛暑日ではなく割愛されたが、あとの5日間49試合で採用された。鎌田監督が続ける。
「ウチの子たちは休憩でリセットされやすいので、再開後に守りから入ると失点してペースを失う可能性が高い。実際、1回戦(15対3=福島・小名浜少年野球教室)は1回表に7連打で波に乗って勝てましたけど、1回裏に一番警戒していたバッターに先頭打者ホームランされている。表と裏が逆だったら、結果もひっくり返っていたかも…」
選手から敬語がないことには賛否もあるだろうが、鎌瀬監督はもっと奥にある個々の心理や土着した性向を把握。その上で先を読み、タクトを振っていたのだ。
そうしたところも間接的な勝因のひとつに違いない。この3回戦は序盤でリードされても、怯んだ様子や焦りは感じられず。3イニングにも及んだ特別延長では、表の攻めで無得点でも得点しても、裏の守りで四死球や連続ミスで自滅することがなかった。そこはまた、後攻めの北名古屋も同じだった。
堅守のキャンパス
試合のほうは、ポイントだらけで挙げればきりがない。得点経過を追うだけでも、十分にドラマチック。それぞれ前日の2回戦で劇的な逆転勝ちを収めていたが、それにも増してスペクタクルな展開となった。
4回までは北名古屋のワンサイドに近い内容で、2対0とリード。スロースターターの不動が5回、長短打3本で3対2と逆転し、すぐさま北名古屋が追いついて以降はイーブンペースに。
互いに一歩も引かないガマン比べ。その絶対的なベースとなっていたのは、双方の堅守だった。
スーパープレーは4回にあった。まずは北名古屋の左翼手・西本陽知が、フェンス際に上がって切れていくファウルフライを全力で追ってきて、最後は滑り込みながら好捕(=上写真)。その裏には不動の二塁手・米永結人が、中前へ抜けそうな球足の速い打球を、逆シングル捕球からの反転スローで一塁アウトに(=下写真)。
ショートストップの安定感はとりわけ、出色だった。北名古屋の大口航輝(=上写真)、不動の唐木俊和と石田理汰郎(=下写真)。難しい打球やワンミスで失点という場面も楽しむかのように、ランニングスローやジャンピングスローでことごとくアウトを奪う。また平凡なゴロに対しては、足の運びなど基本に忠実な動作が見られた。
不動の唐木は、投手変更に伴って5回から扇の要へ(=下写真)。最後まで変わらぬ堅実さだったが、楽しむ余裕はどこにもなかったという。
「特別延長は特に緊張でガチガチでした。絶対に後ろへ逸らせない状況がずっとでしたので」
ピンと張っている緊張の糸が、見る者には心地が良い。そんな戦いの中で、北名古屋は小刻みに1点を奪い、不動はパンチ力と集中打でやり返した。
七番・髙井信芭の右前打(=上写真)で2回に先制した北名古屋は、続く3回は無安打も、四球と敵失で一死満塁の好機を得ると、前日サヨナラ打の四番・岡野拓海の三塁ゴロ(=下写真)で加点した。
不動の先発・山本大智は、連打は許さずに最少失点で踏ん張った。また3回には、バント処理をミスした捕手・鎌瀬清正主将が、次のバント処理では先の塁でフォースアウトを奪ってリカバリー。同じく打球をお手玉してピンチを広げてしまった一塁手・細谷直生は、バットで挽回した。
0対2で迎えた5回表だった。先頭で代打の“スーパー5年生”田中璃空が、まずは右翼線へ二塁打。一死後、二番・鎌瀬主将の中前タイムリーに、巨漢の三番・細谷が続いた。カウント1-1からバットを一閃。夜空に打ち上がった白球は、レフトの特設フェンスの向こうへと消える、逆転2ランとなった。
5回表、不動は代打の5年生・田中の二塁打(上)と鎌瀬主将の中前打で1点を返し、細谷(背番号2)の2ランで3対2と逆転(下)
確信のダブルスチール
北名古屋は2対3と逆転された直後の5回裏に、すぐさま追いつく。まずは三島桜大郎の左越え二塁打と、続く富田裕貴主将の死球で一死一、二塁に。そして四番・岡野の3球目で重盗を決めると、4球目を岡野が叩いて高く弾む投ゴロに。三走・三島が悠々と生還した。
学童野球でも全国レベルになると、三盗はそう簡単には決まらないし、企図も減る。北名古屋の三島は、第1打席で左前打の後に二盗を阻まれていた。べらぼうな俊足ではない。それでも5回裏には、一走の富田主将とともに重盗に成功。実は前日のサヨナラ打の直前にも、同様にこの2人の重盗で二、三塁としていた。どちらも1点を争う、緊迫した場面だった。そしてさらに切迫した場面で、またもや三島と富田主将の重盗が決まることに。
「そういう場面で、それ(重盗)ができる選手が塁上にいたことが、大きかったですよね」と岡監督。ただし、個人技頼みだけであれば、重要な場面でこんなにも多用はできなかっただろう。
北名古屋は就学前の幼児からティーボールで野球のイロハや楽しさを覚え、中学年では日々のアップから頭も使う盗塁スタートが組み込まれている(「チームファイル➍」➡こちら)。段階的な育成システムの中で育ってきた6年生たちだからこそ、指揮官はリスクを凌ぐ確信を持ってサインを出せるのだ、きっと。
三島と富田主将による3度目の重盗は、2点を追う特別延長の8回裏だった。先頭打者が浅い左飛で、一、二塁のままアウトを増やした後の2球目で決めている(=上写真)。これで相手ベンチは満塁策(申告敬遠)を取るも、六番・大口の中犠飛で1点、続く敵失で富田主将が生還(=下写真)して5対5の同点に。
「8回は2点を取らなきゃいかん展開でしたので、それ(重盗)しかなかった。当然、相手も警戒している中で、よく決めてくれたと思います。ただ、ウチの甘さが試合の結果に出たなと思います」
岡監督(=下写真)が口にした「甘さ」とは、タイブレークの練習量が足りていなかったことだという。
「優勝した新家(スターズ・大阪)さんの試合を最後まで見ましたけど、やっぱり取るべきところで点をしっかり取っている。タイブレークは運が半分とも言われとるけど、新家さんはウチよりその練習もやっていたと思います」
符号した“妙案”
さて、前後するが得点の経過に振れておこう。8回表、不動は進塁打と申告敬遠で一死満塁から、捕逸と四番・山本の右犠飛で2点を勝ち越し、北名古屋は先述のように同点とした。
8回表、不動は山本の右犠飛(上)で2点目。守る北名古屋は、右翼・三島から一塁・近藤の完璧な中継プレーで、際どい本塁クロスプレーに(下)
迎えた9回、勝負はついに決した。
表の不動は五番・難波壱がバントで送ってから、六番・米永の三ゴロで1点。その裏、北名古屋も近藤芦衣真のバントで同じ形をつくって、打線は6巡目に。しかし、バットから快音は響かずに無得点に終わった。
5回からロングリリーフしてきた不動・鎌瀬主将は、最後の打者を空振り三振に斬ると、右手を握って咆哮(=上写真)。一時逆転の豪快な2ランを放っていた細谷は破顔一“跳”(=下写真)から、挨拶の列へと並んだ。
後日、鎌瀬監督はこう話している。
「ウチが北名古屋さんより優れていた、力が上だったとは思っていないです。地元開催で毎日自宅から通えるという意味で、体力的なアドバンテージもあったはず。あとはチームが覚醒している状態で、メンタルと思考力の成長が大きかったなと思います」
最後にその「成長」の裏付けにもなる、鎌瀬親子のエピソードを紹介しよう。
特別継続試合に向かう朝。マイカーのハンドルを握る鎌瀬監督の頭には、前夜から考え抜いた妙案があった。
タイブレークの8回表の攻撃は、二番の息子(清正主将)から始まる。二走は足もある唐木なので、正直に送りバントをすれば一死二、三塁は堅いが、頼みの三番・細谷は申告敬遠でおそらく勝負してもらえない。それを回避してなお、ワクワクするような策を助手席の息子に打診してみた。
「今日の最初の攻撃だけど、オマエ(二番打者)が塁に出ないことには、細谷(三番)は申告敬遠されちゃうでしょ。だから、1球目をエバース(バントの構えからバットを引く)して、2球目でバントエンドランを仕掛けたいと考えているんだけど、どうかな?」
すると、息子があっけらかんとこう即答したという。
「お父さんそれね、昨日の段階でオレと唐木で話して、まったく同じことを決めていたから」
「あっ、そうだったの、ゴメン。じゃあ、そのサインを出すよ!」
迎えた本番。予定より1球遅れの3球目で敢行したバスターエンドランは投ゴロとなり、結果として送りバントと同じ進塁打となって一死二、三塁に。そして案の定、細谷は敬遠された。
「作戦がうまくはいきませんでしたけど、最低限の形にはなりました。まぁ、そういう結果より、子どもが自分たちで作戦を考えて遂行しようとしていたことに驚きましたし、すごい成長しているんだなということを実感した日でした」(鎌瀬監督)