47都道府県の王者によって日本一を決する「学童野球の甲子園」。全日本学童大会マクドナルド・トーナメントは、1回戦から決勝まで全50試合ある。真夏の最多6連戦とあって、どのチームもフレッシュな大会序盤に好ゲームが展開されることが多い。今年もまた、3回戦までに特筆レベルの名勝負が複数。中でも、毛色の違う実力派同士が得点を奪い合った、この2回戦は球史にも残るだろう激闘だった。
(写真&文=大久保克哉)
2回戦
◇8月18日 ◇駒沢硬式野球場
■第1試合
[大阪]3年連続4回目
新家スターズ
3205=10
2320=7
山野ガッツ
[埼玉]初出場
【新】庄司、山田、庄司、今西、庄司-藤田、庄司、藤田、庄司、藤田
【山】中井、高松-樋口
本塁打/高松(山)、黒田(新)
二塁打/山田(新)、中井2、三木2、樋口(山)、竹添(新)、遠山(山)、松瀬、西浦(新)
鬼門を打破したV戦士
最終的には大会2連覇を果たすことになる前年王者だが、指揮官も大いに肝を冷やしたというのが、この2回戦だった。戦い終えての第一声と、血の気が引いたような顔が激闘のほどを物語っていた。
「疲れたわ~疲れた。いやぁ、ホンマにヤバいな。聞いていた通りやったわ、山野のバッティング…」
スポーツの世界では、どれほどの実力者でも「鬼門」と言われるのが、大会の初戦。いつものパフォーマンスを発揮できずに敗れたり、苦戦を強いられることがままある。
大会初戦の新家(上)は、いつも通りのパワフルできびきびしたシートノックを試合前に披露。見ていた山野ベンチに、気圧された様子はなかった(下)
前年度優勝枠で出場の大阪・新家スターズは、この2回戦が大会初戦だった。ただし、予選にあたる府大会にあえて参戦し、これを制してきた不敗軍団でもある。
不吉なものを早々に打ち払ったのは、前年V戦士のトップバッター、山田拓澄だった。開始2球目の103㎞を左打席から左中間へ運ぶ、特大のエンタイトル二塁打。試合巧者の新家は、この一撃から“らしさ全開”となった。
二番・西浦颯馬は、初球をバント。これが三塁前へ絶妙に転がるヒットとなって無死一、三塁に。さらに次の初球での二盗が悪送球を誘って、三走の山田が先制のホームを踏んだ。
1回表、新家は山田の二塁打(上)と西浦のバント安打(下)に、二盗絡みの敵失で1点
1点とは、かくも簡単に取れるものなのか――開始からわずか4球での先取。大会初戦の、それも初っ端でこれだ。二塁へ走った西浦は、センターへ抜けた送球を見て三塁も狙ったが、タッチアウトとなって走者はいなくなった。しかし、先制攻撃がそれで終わらないあたりも、いかにも不敗軍団だった。
四番・庄司七翔の右前打の前後に、死球と敵失があって2点目。さらに七番・新谷陸の左前タイムリー(=下写真)で、リードを3点に広げた。
蛇の前で蛙が化ける
「1イニングに1失点まではOK!」
埼玉・山野ガッツの瀬端哲也監督は、戦前からナインにそう言ってきたという。
「前年度優勝チームだから今年も強いのかというと、必ずしもそうではないと思います。ただ、新家さんは大阪のチャンピオンになって来ているのでね…」(同監督)
蛇ににらまれた蛙ということか。冒頭からどうもボールが手につかない感じの山野は、いきなり許容範囲を超えて失点してしまう。それでも先発右腕の中井悠翔は、持ち前のスピードボールで押し続けた(=下写真)。
「大丈夫、と自分に言い聞かせて投げました」(中井)
3点を失ってなお二死二、三塁のピンチは、遊ゴロで切り抜けた。
そのゴロ打球は、マウンドの傾斜でバウンドが少し変わった。けれども問題なくグラブに収めてからの、一塁へ矢のような送球で捌いてみせたのは、遊撃手の伊藤大晴(=下写真)だった。この選手は昨秋の新人戦の県決勝で、試合中に号泣するほどの苦難を経験している(リポート➡こちら)。両軍で3回計19四死球、およそ野球らしくない内容で敗れた一戦で、先発のマウンドに立ったのが伊藤だった。
「あの新人戦決勝で負けてから、みんなはすごく成長したんですけど、ボクはあまり変わらなくて…」と話したが、ハートは間違いなくタフになっていた。
やり場のなかった、新人戦のあの無念に比べたら――山野のオール6年生15人はそんな思いも持ちながら、全国初出場まで漕ぎつけた。
予選の埼玉大会は47都道府県で唯一、地域選抜チームのタレント軍も出場してくるが、6試合で99得点という猛打で初制覇(リポート➡こちら)。迎えた全国1回戦は、12安打14得点の大勝で初陣を飾っていた。
2回戦は出バナを挫かれたものの、「10点取られたら11点取るというチーム」(瀬端監督)だ。不屈の魂、チーム名にもある「ガッツ」をもって、前年王者の前で「蛙」から「鬼」へと変貌していくこととなる。
3失点直後の1回裏、反撃はすぐさま始まった。「とにかく取り返そうという気持ちで打席に入りました」と、一番・中井が初球攻撃で右二塁打。後続が2人倒れて、四番・増田慎太朗主将は申告敬遠で二死一、二塁に。ここで右打席に立ったのは、先の3アウト目を奪った伊藤だ。
「ホントはライナーを狙っていたんですけど」と振り返った一打は、遊撃後方に落ちるテキサス安打に。1点を返してなお二死一、三塁から、六番・三木大輔も初球を左越えのエンタイトル二塁打(=下写真)で、2点目を加えた。
「甘いところに来たら、初球からホームランを狙うくらいの気持ちでいきました」という三木のタイムリーは、イニング3本目の安打。そして文句なしの当たりだった。これで居並ぶ強打者たちの闘争心に火がつき、前年王者を苦しめていくことになる。新家・千代松剛史監督は、山野打線の恐ろしさをこう振り返っている。
「緩急もダメ。内外を突いてもやられる。ホンマにもう、ほうる球がないし、ボッコボコいかれてしまって。ボク自身も一時はうわぁ、やられたなと思うたんです」
鬼が蛇を追い詰める
2回表、新家は4連続四死球と内野ゴロで5対2とまた突き放した。ただし、奪ったというよりは、もらった点数。その裏、山野は九番・新庄琉依の四球を皮切りに、打って得点した。一番・中井と二番・樋口芳輝の連続二塁打に加え、三番・三浦歩斗の右前へ抜けようかという強い二ゴロで、一気に5対5と試合を振り出しに。
2回裏、山野は一死二、三塁から樋口の二塁打で4対5に。なお敵失で三進した樋口(上)が、三浦の二ゴロ(下)の間に同点のホームを踏む
2回途中から救援していた山野の二番手・高松咲太朗が、3回は攻守で見せ場をつくった。表の守りは失策から一死満塁のピンチを招くも、投ゴロと外野フライで0点に抑えてみせた。
「試合前に中井(佑樹)コーチから『後からアレすればよかった、アレしなければよかった、と絶対にならないように!』と言われていて、今のプレーを大事にすることだけを考えていました」
その高松が3回裏、一死から勝ち越しのソロアーチをレフトへ放った(=下写真)。
6対5。ついに試合をリードした山野打線は止まらない。
八番・遠山景太は、逆方向の右中間フェンスの向こうへエンタイトル二塁打(=上写真)。続く新庄は二ゴロで進塁打の形となったが、九番打者とは思えない鋭い打球だった。打線は3巡目に入って、中井がリードを2点に広げる左前タイムリー。続く樋口は左前打、三浦も四球で二死満塁で、四番・増田主将が右打席へ。
3回裏、九番・新庄が進塁打の二ゴロ(上)。相手が新家でなければ強襲安打になっていたかもしれない。二死三塁となって一番・中井の左前タイムリー(下)で7対5に
守る新家は、2回途中で降板していた右腕・庄司がこの3回頭から再登板。一発を含む連続長打を浴びて今西海緒をマウンドに送るも、流れを変えられずに大ピンチに。このあたりで、ベンチの指揮官は時間とも戦っていたという。
「ウチのピッチャー陣がかなり調子が悪かったのはあるけど、それ以上に山野のバッティングがすごかった。庄司の緩急もダメ、今西の力でもいかれてしまう。どのタイプがアレかなと試していた中で、ホンマは左の山田(2回途中で救援)にまた代えたかったんです。でももう、代えている時間がないから『抑えてくれ!』と祈るしかなくて」(千代松監督=下写真)
3回裏、7対5と試合をひっくり返した山野がなお、二死満塁の好機で四番打者を迎えたとき、試合開始から80分が経過していた。2回終了後に5分間の給水タイムがあったとはいえ、規定試合時間の90分が迫る中で、一定の時間を要する投手交代はもうできなかったのだ。
「しいていえば、二死満塁でもう1本出ていたら、またぜんぜん違うムードになったかな、とは思いますね」
山野の指揮官がそう振り返った山場で、四番のバットから快音は聞かれず。新家の指揮官の祈りが通じた。
そつなき蛇に神が降臨
新チーム始動から、練習試合を含めて1度たりとも負けていない新家。しかし、90分のタイムリミットが迫る中で、これだけ打たれてのビハインドという展開は経験がなかったという。
後のない4回表。2点を追う新家は四番・庄司が初球ストライクからスイングして、3球目に左前打(上写真=第2打席)。二塁の堅守が光っていた五番・松瀬も二塁打で続いた(下)
新家はそれでも走攻守において、ミスらしいミスは外野守備のもたつきで進塁された1つのみ。ほぼ間違いなく、最後の攻撃となる4回表も、各打者は好球必打に徹していた。土壇場においても、いささかも血迷っていない。その理由を後から問えば、ベンチもナインも口々にこう言った。
「練習量。それだけやってきているということ」
先頭の四番・庄司の左前打と、続く松瀬吟愛のエンタイトル二塁打で無死二、三塁。ここで小柄な六番・黒田大貴はバントの構えなども見せたが、1ボール1ストライクからは打ちにいってファウル。そして2ボール2ストライクから、神懸かり的な一打を放った。気持ち高めの球をカチ上げるように振り抜くと、白球はレフト70mの特設フェンスの向こうへ。逆転3ランだ(=下写真)。
「つなげようと思って打席に入りました。サク越え? これが初めてです。70mのフェンスがあるとかないかとかより、そこまであんまり飛ばしたこともないので、打ってから思い切り走っていて、二塁を回ったところで審判が腕をぐるぐるしていたのでホームランだと分かりました。最高です」(黒田)
8対7と再逆転しても、新家打線の好球必打は続き、九番の5年生・竹添來翔の中前打に一番・山田の四球、二番・西浦の中越え2点二塁打でダメを押した。
V2で報われた鬼の面々
開始4球で1点を失った山野の最後の攻撃は、奇しくも4球で終わることに。7対10で迎えた4回裏は打者4人、全員が初球攻撃だった。
六番・三木が一死から逆方向へ二塁打。続く高松と遠山は、いずれも中堅フェンスの近くにまで白球を飛ばした。しかし、そこには鍛え抜かれた守備陣の中でもスペシャルな5年生・竹添がいて、最後の大飛球も難なくキャッチして試合終了となった。
104分の激闘を終えた両軍ナインは、ともに相手ベンチ・スタンドにも整列して一礼
「負けた要素はいろいろありますけど、野球力の差ですね。最後の攻撃なんて、みんなボクの『待て!』のサイン無視ですよ。四球でもいいから後ろにつないで走者を貯めないといけないところなのに、ベンチなんか一切見ずに自分が、自分が、となっちゃって。まぁ、そこまで教えてあげられなかった、我々指導者の責任ですけどね…」(瀬端監督)
敗れてからしばらくは、山野の首脳陣はややお冠だった。ナインには涙があった。勝ち越しソロの後のマウンドで再逆転された高松は「(気持ちの)整理がつきません」と、放心した表情で声をこう振りしぼった。
「これまで全国に出られなかった先輩たちの悔しさとかも胸に頑張ってきた夏で。みんなで絶対に全国優勝、しか考えてなかったので今は何も…」
新家は8安打で長打が5本。山野は10安打で長打が7本。敗軍が逃がした獲物も大きかった。もう少し守れていたら、手痛いエラーが1つでも減らせていたら…負けた後にクローズアップされるのは、得てして足りない部分だ。しかし、それを補って余りある打撃力を夢舞台でも十二分に見せつけた。また長所をそれだけ鋭利に尖らせてきたからこそ、不敗軍団の懐へ入り、土俵際まで押し込むこともできたのではないだろうか。
バランスの新家と、バッティングの山野。毛色の異なる実力派同士が、ともに持ち味の限りを尽くしての激しい点取り合戦。44年の大会史をひも解けば、そういう一戦は他にもあったのかもしれないが、現場で10年以上取材してきた筆者の記憶にはない。
「新家さんがこのまま行って優勝されれば、そういうチームに対してウチも頑張ったんだな、となると思いますけどね。新家さんがこの後、どこまで行くか…」(瀬端監督=上写真)
3回戦以降、新家のベンチ側のスタンドには、山野の選手や関係者らの姿があったという。決勝は平日とあって、連覇を見届けたタイミングも場所もまちまちだったはず。それでもその結果を受けて(受けるまでもなく?)、山野の6年生15人は指揮官から大いに労われたことだろう。
瀬端監督は彼らの卒団後は4年生(新5年生)チームを受け持つという。2年後の2026年、山野の尖り具合もまた楽しみに。そんなファンもこの夏で一気に増えたことだろう。