万能のスターでなくても、秀でた一芸で輝けるのは、野球というスポーツの醍醐味のひとつ。学童ゆえ、未完成や粗削りを「是」と受け止めることもできる。たとえ短くとも、世界を一変するような輝き方もあるし、後から染み入る眩しさもある。夢舞台を彩った俊英たちの第2弾は、「打者編」「投手編」「マルチ編」に分けて、トータル12戦士を紹介していこう。
(写真=福地和男)
(写真・文=大久保克哉)
■バットマン編
―金の卵❶―
創作の主人公のようなリアル
ほそや・なおき細谷直生
[東京・不動パイレーツ]
6年/右投右打
「なんかマンガみたい」
全国銅メダルまでの自身のストーリーを、細谷直生はそのように評した。小学生最後の夏の夢舞台にあっては、フィクションの世界から飛び出した主人公のような立ち回りを演じた。
誰もが一目で忘れない、155㎝66㎏のシルエット。眼にはいつも生気が漲り、ヒザの屈伸で右打席に入るところから雰囲気もたっぷり。むんずと両手で持つバットを頭上に掲げ、肩まわりをほぐすルーティンまでが、期待値を跳ね上げた。
そして期待や注目に対して、少なくとも半分以上はバットで応えてきた。打率は5割5分超。大会最多本塁打はチームメイトの山本大智(※二刀流❸)に譲るも、単独2位となる3本のホームランを5試合の中でかっ飛ばした。
アーチの中でも、神宮球場の左翼特設フェンスの向こうへと放った、2本の2ランが痛快だった。ほしい場面での豪快な一発にスタンドはどよめき、応援席やベンチは狂喜乱舞する姿も。
1発目は愛知・北名古屋ドリームスとの3回戦だった。0対2で迎えた5回表、1点を返してなお、一時逆転となる2ラン。2発目は大阪・新家スターズとの準決勝だ。四死球も絡んで前年王者に0対3とリードされ、重苦しいムードで迎えた3回表だった。走者を1人置いて、高めの明らかなボール球を強引にバットに乗せて、左翼フェンスの向こうへと運んだ。
痛快な一撃に続き、ほとばしる激情。それが見て取れる表情や全身のアクションがまた、ことごとく絵になった。小6にして、こんなにも個性的で明白なキャラクターが他にいるだろうか。
その巨漢も怠惰の果てではない。鍛え抜かれたゆえであることは、機敏な一塁守備や力強いスローイング、敵の虚を突く好走塁からも読み取れた。また、仲間への声掛けを聞いていると、大人顔負けの野球頭の持ち主であることもわかる。
「NPBジュニアは全部、セレクションで落ちました」
自ら平然と言い出すあたりに、プライドものぞく。今夏の学童最高峰の舞台で得た自信とともに、反骨心がスイング力に上乗せされていくことだろう。
球界の最高峰のカテゴリーは客商売。ケタ違いの人々を魅了する巨漢選手のシルエットに、10年後の彼を勝手に描いて重ねてしまうのは筆者だけだろうか。本人にも迷惑だろうか。
―金の卵❷―
努力は嘘つかぬを体現
たかはし・れいと高橋嶺斗
[千葉・豊上ジュニアーズ]
6年/右投右打
4試合で9打数7安打の打率.778。打ちに打ちまくった夏だった。
「元々は不器用で補欠だった子。それが一生懸命に努力して、最後に来て四番で頑張っている。きれいにレベルで振っているのでミート率が高い」
3試合連続で先制点をたたき出した高橋嶺斗について、髙野範哉監督がそう評したのが印象的だった。
迎えた4試合目、準々決勝では初回に豪快な左越え3ラン。絶対的な安定感を誇る前年王者、大阪・新家スターズを慌てさせた。
月並みだが、努力は嘘をつかない。夢舞台でこれを体現した6年生を間近で見ていた5年生たちは、新人戦の千葉大会を圧倒的なスコアで制している。
―金の卵❸―
4日間で2000球の特訓経て
はまや・りゅうた濱谷隆太
[東京・船橋フェニックス]
6年/右投左打
3試合で計9回打席に立って、8回出塁した。打ち損じは1回戦の第3打席(中飛)のみで、2回戦ではライトへ先制2ラン。その第4打席は敵失(公式記録)となっているが、打球は一・二塁間をあっという間に抜けて右前へ。これを仮にノーヒットとしても、7割5分というハイアベレージだ。
「マック(全国大会)に入ってから、めちゃくちゃ調子がいいんです」
その理由は、大会直前の4日間で敢行した父との猛特訓だという。打ち込んだ数は、ざっと2000球ほど。兼ねてより父子の練習が日課と話していたが、それだけやっても壊れないのも証拠だろう。
「お父さんに投げてもらって、調整してきたおかげで打ててます」
大阪・新家スターズとの3回戦は、打線が散発3安打の1点止まりで大敗した。濱谷隆太の第1打席は、勝負を避けられたようにストレートの四球。第2打席は右へのクリーンヒットで、新人戦・関東王者の四番の意地を見せた。
「新家には高野山旗の決勝で負けていたし、同じ相手に2度もやられたくなかった。勝ちたかった…」
もしや、この敗戦翌日も特訓?
「いや、明日はわかんないっす。休みたいです」
子どもの顔に戻った瞬間だった。
―金の卵➍―
タレント軍の看板
やました・そうた山下颯太
[北海道・岩見沢学童野球クラブ]
6年/右投右打
敗れた2回戦のナイトゲーム終了時刻が、19時49分。残念ながら、声を拾えずに移動バスが出てしまったが、噂通りのタレント軍、そしてその看板選手だった。
1回戦で何と21得点。17安打のうち10本が長打で本塁打が2本。一番・山下颯大は4打席連続の二塁打で、最後の第5打席は四球と、すべて出塁して三盗も決めた。
愛知・北名古屋ドリームスとの2回戦も勢いのまま、山下の先頭打者アーチから始まった。3回には五番・井川晴斗の大会2号2ランで3対0に。4回途中からマウンドに立った山下は、107㎞の速球でピンチを切り抜けた。
ところが6回裏、勝利までアウト1つとしてから悪夢のようなサヨナラ負け。3四球でピンチを広げたが、連打を浴びての決着がせめてもの救いだったか。得点圏に走者を置いて迎えた第3打席、第4打席と、いずれも申告敬遠。これも悔しいだろうが、8割超の打率とともに自信として、さらなる飛躍を遂げていくことだろう。
―金の卵❺―
一本足打法でミラクル招く
たけうち・せんたろう竹内千太郎
[福井・東郷ヤンチャーズ]
6年/左投左打
1回戦は4対9と大逆転された直後の4回裏に同点に追いついて、5回裏にサヨナラ勝ち。2回戦は2対2で迎えた5回裏に、一挙8得点で勝負を決めた。
いずれのミラクルも引き金となったのが、一番・竹内千太郎だった。バットの先端を投手方向に向けながら、前足を引き上げる一本足打法から快音を発した。
1回戦の4回は、中前に抜けそうな内野安打で最初の走者に。続く5回は逆方向への二塁打から、四番・吉田颯志主将の左前打でサヨナラの生還。2回戦の5回は左中間へ決勝の適時三塁打に続き、イニング2打席目はやや幸運な二塁打で満塁の走者を一掃した。
そして日をまたいでの継続試合となった3回戦の5回表。テキサス安打で出てから、一時逆転となるホームを踏んでいる。勝ち運もここで尽きたが、夢舞台で4つのミラクルは確かな爪跡となったに違いない。
―投打二刀流❻―
噂の120㎞は披露できずも
たなか・ゆうしん田中優心
[新潟・岩室クラブジュニア]
6年/右投右打
『120㎞を投げる怪物が新潟におるらしい!』
聖地・神宮球場での開会式。19番目に入場してきた濃いめのイエロー軍団の最後尾で、おそらく彼だろうという長身選手が腕を振って歩いていた。行き過ぎた背中を見ると、やはり「1」だった。
翌々日の1回戦は、まず1回表に先制ソロを放ってみせた。一瞬、詰まり気味の内野フライと思われた打球が、どんどん伸びていって、中堅特設フェンスの向こうへ落ちていった。
結果、そこが田中優心の最大の見せ場だった。ついにマウンドには上がることなく、レフトを守ったまま短い夏を終えた。実は約2週間前に、右肩の鍵盤を損傷していたという。
「投げたかった。ピッチャーをやりたかったです…」
誰より無念なのは本人に決まっている。でも、人にそれを感じさせまいと、試合前の練習からゲームセットまで、気丈にふるまっていた。初回の一発を含め、バットも全力では振れなかったという。
「スイングしても痛かったので。でも、今まで練習してきた感じで、ホームランを打つことはできました。次は高校で甲子園に出て、ケガをしないで投げてみたいなと思います。将来はメジャーリーガーになりたいです」
173㎝60㎏。身長もまだまだ伸びているという。
■ピッチャー編
―金の卵❼―
確実ゲームメイクで銅メダル
たなか・えいしん田中瑛人
[奈良・牧野ジュニアーズ]
6年/右投右打
エースで主将で看板打者。大会初打席の先制タイムリー以降、バットから快音は聞かれなかった。それでも間違いなく、銅メダルの立役者だった。
2回戦から準決勝まで全4試合に先発。うち3試合は既定リミットの70球前後まで投げた。3回戦の継続試合に続く同日2試合目となった準々決勝は、初回だけで2四球と制球にやや苦しんで早々に救援を仰ぐ。それでも3回途中のピンチで再登板し、失点を食い止めてみせた。
「ぜんぜん疲れてない。勝つ気で必死にやりたいと思います」
こう話して迎えた準決勝も、兵庫・北ナニワハヤテタイガース打線を5回まで0点に封じてお役御免に。2回を除いて毎回走者を背負ったが、ピンチにめっぽう強かった。
コンパクトなテイクバックからの投球リズムが独特で、ストレートに角度があった。外角中心の出し入れもお見事。結局、準決勝は0対1のサヨナラ負けも、さばさばとしていた。
「やり切りました! ピッチャーについては悔いないです」
―金の卵❽―
天性の変幻投法、あわや完封も
きりはら・けい桐原 慶
[千葉・豊上ジュニアーズ]
6年/左投左打
1回戦から3回戦まで、先発してきっちりとゲームをつくった桐原慶は、確かに一芸に秀でていた。そのピッチングの命とも言えるのが、世界に2つとないオリジナルの投法だ。
腕を振るシーンを抜き取れば、スリークォーターに近い左のサイドスローに見える。そこへ達するまでの動きが独特で、上半身が極端に傾く。そしてどこから腕が出てきて振られるのか、打者には判別がしにくいのだ。頭ではわかってはいても、打席で実際に対峙してみると、思うように自分のスイングができない。そんな打者も少なくないように見えた。
3回戦は6回二死まで、7奪三振で被安打4の無失点という快投。完封寸前だったが、球数も70球目前、ピンチでもあったことから仲間の救援を仰いだ。
「気付いたらこの投げ方になっていました。誰かに教えてもらったわけではありません」
球速や球威が物足りない投手にありがちな、半ば強制的に造られた投法ではない。いわば天性の変幻投法だから、天井も底も元からない。これからもナチュラルにバージョンアップしながら、活躍の場を広げていくことだろう。
―金の卵❾―
「闘魂」込めて85球
きむら・しんた木村心大
[東京・船橋フェニックス]
6年/右投右打
3試合でヒットは1本。2回戦での2点タイムリー三塁打に終わった。投げても3試合で5イニングの85球のみ。けれども、見ている大人の心までも揺さぶる熱投だった。
打者に背を向けるトルネード投法に、右腕を上から振ったり、横から振ったり。フォーム全体のリズムもいろいろで、厳密には8つのパターンがあるという。リリースと同時に発する声も、意図的に出したり出さなかったり。タイミングをずらすことも。
夢舞台では、そのすべてを使いこなすまでの余裕はなかったのかもしれない。だが、昨秋からの課題だった制球力が著しく向上していた。
「全国大会に出られるのも神宮でやれるのも、当たり前じゃないから、感謝しながら楽しんでやってきました」
前年王者に敗れた3回戦。2回のピンチで救援すると、バックのミスもあって7点までリードを広げられたが、自らは崩れない。最後まで必死の形相で打者に立ち向かい、アウトを奪っては拳を握り、咆哮した。
1球1球に魂が宿っているかのようだった。まさしく「闘魂」。奇しくもその後、巨人ジュニアに選出されている。
■マルチ編
―金の卵❿―
No.1ユーティリティー
いしだ・りたろう石田理汰郎
[東京・不動パイレーツ]
6年/右投右打
この選手も入れると、同一チームから4人目の俊英。他チームとのバランスなど大人の事情も脳裏をよぎったが、やはり、見過ごせないタレントだった。
センターにショートにサード。これらを無難にこなす、というレベルではない。どこを守ってもエクセレントであり、エレガント。カバーする範囲が広くて、機敏で手堅い。苦しい場面や嫌な感じの打球でも、平然とアウトを奪っていく様が実に頼もしかった。
言うなれば、守りにおいての「攻撃的な切り札」だ。相手打線にパワーがあればセンター。遅い球を引っかけるような強いゴロが予想されれば、ショートかサードに入る。もちろん、投手のタイプや顔ぶれにもよるが、この石田理汰郎をまずどこに置くかで、全体の布陣が決まるような節すらあった。
「バッティングも、めっちゃ練習しています」
健脚でもあり、外野の間を抜いてのランニングホームランは数知れない。全国大会は70mの特設フェンスが逆に障壁となってノーアーチも、意に介さず。それよりスタンドのほうが気になるようだった。
時折り、プレーの合間にフィールドからチラリと送る視線の先。そこにはプロゴルファーの母、そして俳優の父の姿があった。
―金の卵⓫―
非凡な身体能力、随所に
せわたり・みちひと瀬渡遥仁
[鳥取・宮ノ下スポーツ少年団]
6年/左投左打
145㎝40㎏が、フィールドではより大きく見えた。2回戦では右翼線を襲う先制の三塁打。続く3回戦は、4回に均衡を破る先制三塁打を左中間へ。これが決勝打になった。
どの動作もシャープで柔らかい。一塁まで全力で駆ける姿や、ネクストでの連続スイングや全身をほぐす動きだけでも、非凡な身体能力を訴えてくる。
「小学生になる前から運動が好きでした。お父さんが仕事にしている学童保育に遊びに行って、いろんな人と鬼ごっことかよくやっていました」
所属していたチームが解散となり、6年生の新学期に入ったチームは前年に全国出場した強豪。そこでも身体能力が首脳陣の目にすぐに留まったのだろう。
打線では中軸を任された。左利きにして捕手も遊撃もこなす。左翼を守り、マウンドにも上がるマルチな活躍で2年連続の全国出場に貢献。夢舞台では投球回と同数の与四死球など、粗削りな面も散見されたが、それすらも「ノビシロ」に思えるほどの可能性を感じさせた。
憧れは日本のレジェンド、イチロー(マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)だという。
―金の卵⓬―
魅せた「多賀野球」の真髄
まつおか・ゆうと松岡湧隼
[滋賀・多賀少年野球クラブ]
6年/右投右打
多様な引き出しと9人の緻密な連携でしぶとく勝ち抜くスタイルから、個々の抜けた能力を前面に押し出して相手を圧するスタイルへ。過去2回の優勝を誇る多賀少年野球クラブは、確かに変わってきている。
しかし、野球という競技のゲーム性は変わりようがない。100人を超える戦力となっても、低学年から段階的にそれも学んでいくシステムも不変だ。そしてこの夢舞台では、背番号10のキャプテンが魅せた。
「負けるんやったら、動いて負けようや!」
指揮官の口調も熱を帯びてきて迎えた3回戦の6回表だった。スコアは0対1のビハインド。先頭で打席に立った松岡湧隼は、左前打で出塁した。そして次打者の初球で二盗を決めた。打者が三振で一死二塁となると、またも次の打者の初球で三盗を決めてみせた。
刺されていたら、敗北に直結するほどの痛手となる。それでも「初球」で決めた2つの盗塁は、ゲーム性の理解と追求してきたスキルがあればこそ。同じ場面で同じことができる選手は、チーム内にならいるのかもしれしない。
得点の確率が最も高い、一死三塁。これを主将が自らのバットと足でつくると、打席の右大砲・松永眞生が呼応した。長打を捨ててのゴロ打ちだ。5球ファウルの後にインフィールドに転がし、背番号10が同点のホームを踏んだ。
その裏に犠飛でサヨナラ負けしたが、執念や意地という類いとは異なる「多賀野球」の真髄。それが垣間見えた、主将のスタンドプレーだった。