【2023注目の逸材】
ただいで・みえな多田出 美瑛奈
※プレー動画➡こちら
【所属】栃木スーパーガールズ/栃木・白沢学童野球クラブ
【学年】6年
【ポジション】捕手兼投手兼三塁手
【主な打順】一番、三番
【投打】右投左打
【身長体重】150㎝40㎏
【好きなプロ野球選手】千賀滉大(メッツ)、甲斐拓也(ソフトバンク)
※2023年12月27日現在
「勉強のし過ぎ?」という問いに、はにかむような笑みで多田出美瑛奈は答えた。
「いえ、マンガを読み過ぎました」
視力が落ちて5年生からかけ始めたというメガネ。その奥の瞳は清澄でやさしくて、話す相手をどこか安心させるところもある。
宇都宮市の自宅には『ダイヤのエース』『ワンピース』『スラムダンク』など、マンガの単行本が山ほど。もともとの持ち主は3つ上の兄で、地元の白沢学童野球クラブで野球を始めたのも、そこで投手をしていた兄の影響からだという。
「1年生の4月に『野球をやってみたい』とお母さんに言ったんですけど、実際にチームに入ったのは12月です」
およそ半年は、いわば待期期間だった。女の子だし、他にも興味や何かきっかけが生まれるかもしれない、という母の親心も今なら察することができる。1年坊だった多田出はそれでも、野球熱が冷めることはなかったという。
チームの活動は週末と火・木曜。それ以外の日は、兄と自主練習に励んできた。「キャッチボールとか、素振りとか。今はお父さんも教えてくれますけど、小さいころはお兄ちゃんとめちゃくちゃケンカしました(笑)。私を座らせて(捕手役)、思い切り投げてきたりするので…」
でも、その半ば強制的な捕手の体験も後に生きることになる。3年生から二塁手で試合に出始めた多田出は、5年生では三遊間のどちらかを守り、6年生からエース投手に。
「4年生で初めてランニングホームランを打ってから、ホームランは31本打っています。左中間への当たりが多いです」
これだけの逸材が、女子の県選抜チームに入れないわけがない。女子学童界では毎年夏に日本一を決めるNPBガールズトーナメントが開催されており、各都道府県から選抜チームが出場する。
夏以降も女子選抜で活動中
栃木スーパーガールズ(県選抜)は2021年に日本一となって以降、5月のセレクションは80人規模に。多田出は5年生(22年)でそこに加わって正二塁手となり、ガールズトーナメントは主に七番で全4試合に先発。9打数6安打3打点の活躍で、銅メダルに貢献した。
そして2年目の2023年は、背番号10の正捕手として、チームを2年ぶり2回目の日本一に導いた。
「普段はあまり泣かないほうなんですけど、夏の日本一では涙が出ました。全国大会前の練習試合ではいろいろと怒られて、辛かったのもあって…」
2023年夏に女王に輝いた栃木スーパーガールズは、以降も希望する6年生で活動を続けている
選抜チームでもマウンドに立ったが、練習試合で大炎上も経験。また捕手の適任が他にいなかったことから、多田出に白羽の矢が立ったという。川村貴幸監督が回想する。
「最初からキャッチャーができる女子というのはなかなかいないんです。多田出がいてくれてホントに良かったなと思います。技術はすべてトップクラス。野球を知らない面があって怒られもしたけど、教えたこともどんどん吸収していってくれました」
打線では不動の一番。全5試合で本塁打はなかったものの、打率5割で10得点と十分に役目を果たした。
マウンドでは緩急を用いた投球で、打たせて取っていく。夏の全国でもわずかに登板した
「野球をしていて一番うれしいのは、自分と仲間のサインプレーが決まって得点できたときです」
女子選抜チームの大半は、活動の機会と期間が限られる。そのせいか、ガールズトーナメントは「打って走って定位置で守るだけの大味な野球が目立つ」と川村監督は指摘する。一方、栃木ガールズは小技と機動力も駆使。先制機や接戦ではスクイズやエンドランもある。
実戦的な練習でその精度を高めていくので、1点を守るための守備も自ずと磨かれる。優勝、3位、優勝と、栃木ガールズがこのところの全国舞台で成果を収めているのは、偶然ではないのだ。
中心打者でも例外なく、1点を確実に奪うためにバントもある
チームはまた、昨年から夏のガールズトーナメント終了で解散せず、以降も6年生で活動を継続するように。全国的にも異例の取り組みは保護者の要望によるもので、中学女子の軟式クラブ「オール栃木」(2022年日本一)も率いる川村監督の情熱もあればこそだろう。
夏以降は男子もいる一般のチームや、6年生の地域選抜チームが主な対戦相手となる。多田出は投手との共同作業で、盗塁もバンバン刺してみせる。
「一番自信があるのはスローイングです。コーチもお父さんも教えてくれるし、いつも反復練習をしています」
男子を相手にしても、盗塁を阻止してみせる。体幹の強さと練習量がものを言う
普段から男女を比較したり、男子に敵意を抱くようなことはないという多田出。その上で、女子チームならではの良さを問うてみた。
「男の子が一緒だと、パワーとかもぜんぜん違うから緊張もします。女の子だけだと、そんなに差がないので思い切りできるし、分かり合えるところもあるのでチームプレーとかもうまくできます」
栃木ガールズの6年生たちは、底抜けに明るくて笑顔が多い。練習や試合の合間には、おしゃべりにも花が咲く。それを束ねる主将としての苦労はないという。
「みんな試合になるとケジメをつけて集中するので」
多田出の瞳にも、試合中はきりっとした力が宿る。そしてその視線のはるか先には、女子プロ野球で活躍する自分の姿がある。澤田百華投手(読売ジャイアンツ女子チーム)ら、NPB傘下でプレーするOGも複数輩出している川村監督は、こう太鼓判を押す。
「強い肩と良いバッティングもある。ピッチャー、キャッチャー、サード、ショート、どこでも上に行ける可能性があると思います」
その「上」とはどこなのか。ポジションはどうなのか。決めるのは、これからの多田出自身である。
(動画&写真&文=大久保克哉)